第二章 米問屋

2/9
前へ
/119ページ
次へ
 その後、霊斬は依頼された小太刀を研ぎながら、思案する。  ――商いをする上では、度胸も必要ではないだろうか。  今日の依頼人を見て霊斬はそう思った。  客は大事だが、あそこまで低姿勢なのもおかしい。  商売に影響が出る相手なら、どんな危険を冒してでも、取引を中止すればいいだけである。  ――少なくとも、俺だったらそうするな。  霊斬は苦笑しながら、研ぎ続けた。  それからしばらくして、夜も更けたころ、霊斬は隠れ家に足を向けた。 「いるか?」 「はいよ」  霊斬が戸を叩くと、千砂の声が聞こえてきて、戸が開いた。  千砂はなにも言わず、中に霊斬を招き入れる。 「それで、今回はどんな依頼だい?」 「安く米を大量に仕入れている武家を止めてくれ、とのことだ」 「あんたに頼らず、自分でなんとかすればいいものを」  千砂が冷ややかに吐き捨てた。 「そうだな」 「武家の名は?」 「桐野家、桐野光郎」 「二日で調べておくよ」  霊斬はうなずくと、隠れ家を後にした。  その日の夜、千砂は桐野家に潜り込んだ。  屋根裏から見下ろすと、桐野家はずいぶんにぎやかだった。たまたまかもしれないが。  なにかを話しているようだが、うるさくて聞き取れない。  千砂は小さく舌打ちをすると、静かに去った。  翌日の同じ時間、千砂は再び桐野家に足を向けた。  ある武士の部屋で気になることを聞いた。 「蓄えは十分あるのか?」  老年の男が口を開く。部屋の中にはもう一人、若い武士がいる。 「はい」 「金も少なくすませたのだな?」 「はい」 「ならば、米問屋の主を殺せ」 「……光郎様、本気でございますか」  武士は思わずそう言った。 「わしが嘘など言ったことがあるか?」 「ありません。……では、そのように」 「明日の夜、良い結果を期待しているぞ」  若い武士は頭を下げて、部屋を去った。  千砂はそこまでの会話を盗み聞くと、桐野家を去った。  千砂はその足で霊斬の許へ向かった。 「起きているかい?」 「どうした?」  戸を僅かに開けた霊斬は、顔を覗かせながら聞いた。その息にはほんの少し、酒の匂いがした。 「中に入れてくれるかい?」  霊斬はその言葉を聞き、無言で身を引いた。
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加