第二章 米問屋

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 千砂は急いで中に入る。  それを見た霊斬がぴしゃりと戸を閉めた。  並べられた商品の間を抜け、客と話す部屋まで千砂を連れていくと、霊斬は胡坐をかいて座った。 「それで?」  霊斬は先を促す。  千砂は本題を切り出した。 「桐野光郎は依頼人を殺めようとしている」 「いつだ?」 「明日の昼かもしれない。夜には報告しにいくだろうから」 「分かった」  霊斬はそれだけ聞くとうなずいた。千砂はその言葉を最後に、店を去った。  翌日の昼近く、霊斬は店を閉めた。念のため、短刀を懐に忍び込ませると、米問屋へ足を向けた。  米問屋が見える斜向かいの店の間、物置と化した場所に身を滑り込ませた。壁に寄りかかり、様子を(うかが)う。  多くの人が出入りする米問屋の客の中で、一人、僅かながら雰囲気の違う若い男を見つける。  見た目では静かな印象を受ける男だが、その裏に殺気という刃を持っていそうな……。  勘でしかないが、無視できない。  霊斬は男の後に続いて、店に入った。  その直後、悲鳴が上がる。 「きゃー!」  慌てて視線を走らせる。と、小太刀の刀身をこの店の主の首に突きつけている若い男と、先ほど叫んだであろう、主と同い年くらいの女。数名の客と、手代達が動きを止めていた。  ――真昼間からとはな。普通、夜だろうに。  霊斬は内心で溜息を吐きながらも、念のためにひとつ策を考える。大したものではないが、この状況を変えられる。 「おい、用があるのは主だけだろう? 他の奴らは外に出してやったらどうだ?」 「うるさい!」  若い男は、主でなく霊斬に刃を向ける。その隙に主が拘束を脱する。  忌々しげに舌打ちをした若い男は、霊斬に向かって小太刀を振りかざし、突進してくる。  それをひらりと躱すと、置いてあった米俵に激突した若い男はそのまま気絶してしまう。  ――馬鹿にもほどがある。  霊斬は盛大な溜息を吐く。すると岡っ引きが顔を出す。 「あれ? 刀を振り回している奴がいるって言うんできたんだが、遅かったか?」 「むしろ、ちょうどいいです、親分。米俵に激突して気絶している男ですよ」 「そうかい。あんた、怪我、してないか?」  岡っ引きはその男を縄で縛りながら聞いた。 「私を含め、怪我人はいません」 「そりゃなによりだ」  岡っ引きは男を半ば引き()るようにしながら、店を後にした。  霊斬は店の者達に一礼すると、店を去った。  その様子を物陰から顔を覗かせる千砂に気づいた霊斬だったが、気づかないふりをして米問屋を去った。
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