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サキという名前らしいショートボブの子が、ヒッと声をあげてユウトくんに抱き付くから、ムッとしてしまう。けれどよく見ると、ユウトくんも、もう1人の短髪の男の子も息を飲んでいるのに気付いた。
カオリは部屋を見回すと、私に背を向けて窓の方を指差す。
「あそこにいる 」
何が?
窓の側には誰もいない。けれど、サキが今度はキャアッと悲鳴をあげた。何だか騒がしい子だなと思う。
「やっぱり噂は本当だったんだ! この窓から女の子が外を見ているって聞くもの! 」
それを聞いてカオリは頷くと、窓の方を見たまま、悲しそうな顔をした。
「泣いてるわ、ご両親に会いたいのね 」
そう言って数珠を取り出すと、徐にお経を唱え出した。私はカオリに近寄って、ぐぅーっと顔を覗き込む。
真剣な顔。一体、この子は何をやっているのかしら?
途中、「あなたはここに居ては駄目よ 」とか、「自分の居るべき場所に戻りなさい 」とか言っていたけれど、誰に言っていたのだろう。
暫く見ていたが、飽き始めて欠伸が出だした頃、カオリはふぅっと息を吐いて数珠をしまった。
「……何とか、成仏してくれたみたい。私に出来るのはここまでよ 」
「すごいわ、カオリ! 流石だわ! 」
「すげぇな、俺、始めて見たわ 」
サキと短髪の男の子が感心した声で、カオリを褒める。ユウトくんは、一人写真を撮り続けていた。
「ちょっと、手こずっちゃったけどね 」
笑いながら、カオリが言う。よく分かんないけど、何か成功したみたい。
まぁいい、これでやっとお茶に出来るわ。
「じゃあ、リビングに行きましょうか? 」
そう言って階段を降りてゆくと、皆も付いて来る。
その時、サキが聞き流せないことを口にした。
「これで、叔父さんも安心するわ。カオリのお陰で、この家をやっと取り壊せそう 」
取り壊す? どういうこと?
「ここの土地広いから、取り壊したら、4棟分譲するんだろ? 」
「そうね、その予定って言ってたわ。立地がいいから小分けにして売っちゃうんですって 」
立ち止まった私を追い抜いて、4人が先に降りて行く。
「こんなに立派な洋館、勿体無い気もするけどな 」
ポツリとユウトくんが言葉を落とした。すると、サキがハァと大仰に息を吐く。
「そんな事言ったって、『お化け屋敷』なんて誰も買わないわよ 」
階下に降りたサキのパンプスが、割れた硝子を踏み、ジャリッと音を立てる。
普通の家には似つかわしくない、物が壊れて散らばっている音。
その音を聞いて、私は突如理解した。
あぁ、《お化け》って私のことなのか。
周りを見ると、さっきまでは綺麗に片付いて見えていた室内が、今は壁紙も剥がれボロボロになっていた。
いつから? どうして気付かなかったんだろう、不自由だった足がこんなに軽いことに。ベッドから出られなかったのに、こんなに自由に動けていることに。
「さぁ、もう用は済んだわ。早く帰りましょう 」
身震いをしたサキが、他の3人を急かす。
ふっ、ふふっ……、ふふふっ。
土足の4人が玄関に向かって行くのが見える。
……そうなんだ。私の家、無くなってしまうのね。
私は顔を上げると、ニタァリ……と口角を持ち上げて笑った。
階段の中段からトンと白いワンピースを翻し、ジャンプする。フワリと浮いた私は、ユウトくんの首に飛び付くと、腕を巻き付けて抱き付いた。
扉が開かれると、外の光が差し込んでくる。憧れていた、外の眩しい世界。
「最後に記念写真でも撮っておく? 」
一番前を歩いていたユウトくんが振り向いて、そう言った。
悪趣味ねぇとサキが笑いながらも、顎の下でピースを作る。他のニ人も追随してポーズを取る。
「もう一人映ったら怖いよな 」
「カオリが除霊してくれたから、もう映らないわよ 」とサキが言ったら皆も笑った。ユウトくんも笑っている、勿論私も。
そう、私はもう、ここで写真に映ることはない。だって、好きになった人の家に引っ越すのだから。
「私も連れて行ってね 」と囁いて、ユウトくんの頬にキスをする。
パシャッとシャッターを切る音が響いた。
ずっと一緒よ。ずっと、貴方の家で一緒に暮らそうねーーーーー。
《ヲワリ》
2024.5.7 公開
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