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「もう……菊池さん、遅いじゃないですか」  そう言うと、彼女は冷えた目つきで正寅を見た。「で?」  怖い。 「丸山さんに聞いてませんか? ちょっとヤバい嶋田さんと、棚岡さんのパートナーの杉田さんです」 「それ、衛星電話? 借りていい?」 「あ、嶋田さんのですけど」  正寅はリュックの電話を菊池に渡そうとした。 「バカ、見てわかるでしょ。手が離せない。代理でかけて」  怒られて、正寅は頷いた。確かに、彼女が今、嶋田から目を離したら、きっと反撃してくる。嶋田が正寅を見てニヤッと笑ったのは、それが正解だという表明のようだった。 「丸山さんでいいですか?」 「他に知り合いでもいる?」 「すみません」  といういつものやり取りをした後、正寅は丸山に連絡をした。山の中ではすっかり暗闇だが、時間的にはまだ8時前だった。だからなのか、丸山はスムーズにつかまった。  菊池が都度補足を加えながら、正寅が顛末を説明すると、彼は応援を送ると言ってくれた。とはいえ、数時間はかかるという。 「ロープありますけど、その2人、縛ります?」  報告を終えた後に正寅が言うと、菊池は眉を寄せた。 「とりあえず嶋田だけでいいけど、ちゃんと捕縛できるわけ?」 「ロープワークはプロなんで」  正寅はそう言って嶋田の手首と、それから腕と胴体をきっちり縛ろうとして、途中で嶋田に縛った両拳でぶん殴られた。 「大人しくしなさい」  菊池が制したが、嶋田はヘラっと笑って、正寅に唾を吐いた。 「残念だったなぁ、鉱床はなかったってよ。税金、注ぎ込んだのになぁ」  嶋田はそれ以上は反撃しなかったが、代わりに憎まれ口は叩いた。  正寅は用心しながら彼を縛り、それから菊池がちょっとだけ緊張を緩めるのを見た。 「テープも持ってる? そいつの口、塞いでおいて」  菊池が言い、正寅はリュックからダクトテープを出した。嶋田は正寅をからかうように、舌を出して抵抗したが、最終的にはイラッとした正寅が、みぞおちをガツンと殴って静かにさせた。 「そういう技、持ってるなら、なんでさっさと使わない?」  菊池がまた睨んで言って、正寅は「すみません」と肩をすくめた。  災害救助の現場だと迷いなくいろいろできるが、こういう場面は不慣れで精神状態が追いつかなかった。 「あの……さっきの外国人の2人ですけど、僕の方にいたナイフの人は、そっちの川の近くで倒れてます。嶋田さんが何かしたらしくて。亡くなってるかもです」 「テシェル人。見た。息はあった。拘束してきた」 「菊池さんについてた方は……」 「私が撃った。たぶんまだ生きてる。向こうも服で拘束した。救助が遅いと死亡するかも」 「あ……救命、しましょうか? できればその方がいいですよね」  正寅はリュックを背負い直した。 「救命?」 「止血ぐらいは」 「あのね、殺されそうになったの覚えてる? さっき15分以内にって言ったけど、あれ、本当は見つからなかったら、あなたを殺すって話になってたんだからね」  菊池はうんざりした顔で言った。 「あ、そうなんですね。でも菊池さんが、そんな実績積まないほうがいいかなと思って。ちょっと行ってきます。事情聴取は杉田さんに。棚岡さんの無事も聞いておいてください」  正寅は闇の中を歩き出しながら言った。  この暗闇で倒れているであろう人を見つけるのも大変だけど。  ただ、菊池の表情からも、これが初めての対人射撃であろうことは確かだった。戦地でもないのに武器を使い、殺害に至ってしまうのは、きっとあまり良くない結果になるに違いない。それが完全な正当防衛だとしてもだ。  正寅は自分が見た方角を確かめながら急いだ。
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