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「おう、敦士。帰ってたのか」
風呂から上がった父さんが、居間にいた俺を横目に冷蔵庫から缶ビールを取り出した。
「お弁当買ってきたよ」
目を合わせないまま、ビニール袋から弁当をふたつ取り出す。
父さんは「ん」と短く返事をするだけだ。
五十歳の時に脳梗塞で倒れ、右半身に麻痺が残る父さんは、器用に左手に持った箸でから揚げを掴んで頬張る。
「開けるよ」
「あぁ」
父さんの手元にあった缶ビールを取りプルタブを開けて渡すと、口をもごつかせながら軽い会釈を返してきた。
いつも通り黙々と、テレビのバラエティの音を垂れ流す食事風景は我が家の日常だ。
ふたり暮らしの、変わらない毎日。
「ごちそうさま」
「敦士」
一足早く食べ終わり、弁当箱に蓋をして立ち上がろうとする俺を呼び止める。
ビールをあおり、言葉を選ぶように一呼吸おいた。
「ほら。最近どうだ。バイトは」
「どうって……」
絞り出した言葉は、結局予想を上回ってくることはなかった。
むしろ、予想通り。
父さんはいつもこうだ。
息子である俺に気を使いすぎて、きっと思っていることの半分も言葉にできていない。
昔から口下手で、不器用すぎる。
母さんに浮気をされた挙句、幼い俺を連れて家を出た母さんに文句も言わない。
「変わらないよ。でもちゃんと就職できるように考えるから。迷惑かけてごめ――」
「迷惑ってなんだ」
低い声で吐き捨てるように言うと、畳に新聞を広げて背を向けてしまった。
「……ごめん」
父さんは鼻を鳴らして一気にビールを飲み干し、ビニール袋に空の弁当箱を突っ込む。
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