第一話 空色のクリームソーダ

14/49
前へ
/187ページ
次へ
「そういえば、あれはどうなんだ」 流しで空き缶をすすぎながら父が言う。 「あれって?」 ゴミ袋を縛りながら聞き返した。 「いまも見えるのか。幽霊は」   その言葉に、背筋にひやりと悪寒が走る。 「何言ってんだよ。あんなの子供の頃の話だろ。からかっただけだよ」   父さんは「そうか」と短く答えると、洗った缶を流しの横に逆さまにして、そのまま居間に戻っていった。 「――からかった、だけだよ」   自分で言った言葉を繰り返して、ため息が漏れた。  あんなもの、見えたって何も良い事なんてない。   そのせいで母さんや、その相手の男にまで気味悪がられて追い出されたのだから。   もうすっかり傷なんて残っていない右頬に、そっと手を当てる。  くだらねぇ嘘吐くな   顔もうろ覚えなのに、その時に殴られた痛みと悔しさは昨日の事のように覚えている。 体に、心に、耳に呪いのように染みついている。  こんな薄気味悪いガキ、連れてくんじゃねえよ。   その言葉がきっかけで、俺は父さんの元に帰って来たのだ。 顔に痣を作った六歳の俺を見ても、父さんは何も言わなかった。 黙ったまま二人向かい合って食べた焦げたチャーハンの苦味は、俺の中に渦巻いていた虚しさを、僅かだけ忘れさせてくれる味だったような気がする。   それから間もなくして、父さんは仕事中、脳梗塞で倒れてしまった。
/187ページ

最初のコメントを投稿しよう!

57人が本棚に入れています
本棚に追加