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「そういえば、あれはどうなんだ」
流しで空き缶をすすぎながら父が言う。
「あれって?」
ゴミ袋を縛りながら聞き返した。
「いまも見えるのか。幽霊は」
その言葉に、背筋にひやりと悪寒が走る。
「何言ってんだよ。あんなの子供の頃の話だろ。からかっただけだよ」
父さんは「そうか」と短く答えると、洗った缶を流しの横に逆さまにして、そのまま居間に戻っていった。
「――からかった、だけだよ」
自分で言った言葉を繰り返して、ため息が漏れた。
あんなもの、見えたって何も良い事なんてない。
そのせいで母さんや、その相手の男にまで気味悪がられて追い出されたのだから。
もうすっかり傷なんて残っていない右頬に、そっと手を当てる。
くだらねぇ嘘吐くな
顔もうろ覚えなのに、その時に殴られた痛みと悔しさは昨日の事のように覚えている。
体に、心に、耳に呪いのように染みついている。
こんな薄気味悪いガキ、連れてくんじゃねえよ。
その言葉がきっかけで、俺は父さんの元に帰って来たのだ。
顔に痣を作った六歳の俺を見ても、父さんは何も言わなかった。
黙ったまま二人向かい合って食べた焦げたチャーハンの苦味は、俺の中に渦巻いていた虚しさを、僅かだけ忘れさせてくれる味だったような気がする。
それから間もなくして、父さんは仕事中、脳梗塞で倒れてしまった。
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