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一昨日、笹井さんが亡くなって、俺たちはお葬式に参加させてもらえる事になった。
直前までは強気だった翼さんだが、火葬を迎えると、せき止めていた涙が一気に溢れ、その場にいた誰よりも大声で泣き喚いていた。
まるで、子供みたいに。お父さん、お父さん、と泣いていた。
笹井さんの故郷は、俺たちの町からそう離れていなかった。バスで一本。一時間もかからなかった。
「ほら、もうすぐ着くよ」
見慣れた海辺を進み、田園風景が見えてくる。
大きく弧を描いた道路の、田んぼを挟んだ向かい側にこんもりとした森が見える。
この数日で町はすっかり春の装いになっていたことに、俺たちはようやく気が付いた。
「もうすぐ桜も満開になるかな」
「そうですね」
後ろに流れていく田畑を見送り、近づいてくる森は、うっすらとピンク色に染まり始めている。
「綾瀬の森公園前。綾瀬の森公園前」
ぼそぼそとしたアナウンスに、翼さんが柱のボタンを押した。
「おぉ、下から見ると結構咲いてるねぇ」
憩いの広場を歩きながら、翼さんが中央に位置する一本桜を仰ぎ見る。
五部咲きくらいだろうか。
桜色の隙間から見る空は、爽やかな水色だ。
木漏れ日の光の粒が、翼さんの小麦色の肌にひらひらと散らばる。
「自分の事にいっぱいいっぱいで、全然気が付かなかったわ」
「そうですね」
「ねえ、あたしの目の前に怖い顔したおじさんとかいない?」
「いませんよ」
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