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「じゃあ、肩に乗っかってるおばさんは?」
「いません」
「あたしの足に縋り付くお爺さんとか」
「いませんって」
「じゃあ……」
翼さんは眩しそうに目元に手をかざしたまま、桜を見上げてゆっくり歩く。
「とっても真面目で優しくて、お人よし過ぎるお兄さんは?」
そう言って「例えばあそこ」と、三本先の、ひと際太くて大きい木の枝を指さす。
正直、言葉に詰まった。
同時に、シンさんの言葉を思い出した。
そうか。何となく見えるんだ。翼さんも――。
「いますよ」
「え――?」
一瞬驚いたように目を見開いて、もう一度自分が指した方に「そっか」と呟いた。
翼さんが指した場所で、笹井さんは笑っていた。
亡くなった時の痩せ細った顔でもない。
ふっくらと顔色も良く、艶のある黒髪を風になびかせた笹井さんが、俺たちを見つけて嬉しそうに目を三日月にして。
そのまま、桜風に乗って消えてしまった。
「お店に着いたらさ。敦士君が最後に見たお父さんの絵、描いてよ」
「はい。良いですよ」
翼さんは「やった」とにっこり笑った。
その笑顔は、血の繋がりのないはずの笹井さんと、本当の親子のようによく似ていた。
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