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「じゃあ、未来のマスターとお手伝いさんに、美味しい珈琲を淹れてもらおうかなぁ」
「良いよ。今日はあたしが飛び切り美味しいのを淹れてあげる」
ふたりの笑い声が店内を幸せの色に満たしていく。
「あれ?」
いつもケンさんがいたテーブルに、指定席のカードが立てられていない。
シンさん、忘れたのかな。
あれはいつもシンさんが置いていたものだ。
普段、どこに仕舞ってあるのだろう。
カウンター下の扉や、壁際の棚の引き出しをあちこち開いていると、コンロでお湯を沸かしていた翼さんが出窓の下を覗き込んで「おやおやあ?」と甘ったるい声を上げた。
「何してるんですか。お湯、沸いてますよ」
翼さんは「あぁ、ほんとだ」と火を止めると「こっちこっち」と、俺と桜木さんを手招きした。
「見て、ほら」
小さな出窓から、三人で押し合いながら顔を出す。
「どこ見てんのよ。下だってば」
なぜか俺だけ肩を引っ叩かれた。
「犬だ」
「犬ですね。でも――」
「右足無いね」
あぁ、良かった。ふたりにも同じ姿で見えていたんだ。
安堵して「そうですね」と頷く。
「雑種だな。首輪も無いけど迷子かな」
桜木さんの言葉に、俺と翼さんの「なるほど」が揃った。
「じゃあ家を建ててあげないと」
唐突すぎる翼さんの提案にも関わらず、桜木さんが「承知」と勇ましく親指を立てた。
「なにを勝手な事――」
俺が止める間もなく桜木さんは「ホームセンター行ってくるわ」と、店を出て行ってしまった。
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