58人が本棚に入れています
本棚に追加
第一話 空色のクリームソーダ
息が苦しい。
乾ききった荒れた喉に唾液がざらりと引っかかって、腹を抱えてむせ返った。
無理だ、もう走れない。
空気の通り道が狭くなるような感覚。
吸おうが吐こうが、酸素も二酸化炭素も出入りしている実感が無い。
運動不足の両足が悲鳴を上げるように、太ももに鋭い痛みが走る。
「ちょっと!」
「す、すみません」
肩がぶつかった女性に足を止める事無く、そう口にするだけで精いっぱいだ。
とにかく人目につかない場所へ。
その一心で、商店街の人込みを駆け抜け、できるだけ人通りの少なそうな路地を走り、タイミング良く青信号になった横断歩道を渡る。
この先は確か――
畑沿いの見通しの良い通りに出て、一度振り返った。
真夏の炎天下。
ぎらつく日差しに汗ひとつ流さない女が、黒い長髪を顔の前で揺らしながら、悠々たる足取りで二百メートル程まで迫っていた。
紺のブレザーに赤いネクタイ。
膝丈のボックスプリーツから伸びるひょろりと細い足。
片手を伸ばすその姿は異様で不気味で、髪の隙間から覗く目は全く生気を宿していない黒塗りだ。
息急き切って走る俺に対し、表情一つ変えないまま滑り迫る女の姿に、全身が粟立つのを感じた。
「うわっ」
公園の入り口を覆う大木の根に躓いて、勢いよく地面に激突した。
手のひらや肘は、地面の上を滑った跡に砂利や小石がめり込んでいた。
やばい。追いつかれる。
最初のコメントを投稿しよう!