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「今日、遅くなるから。晩飯は先に食べとけよ」
「うん。あのさ、父さん」
色褪せた作業着に袖を通すのを手伝う俺に、「なんだ」とテレビの天気予報を見たままぶっきらぼうに答えた。
「現場監督だったのに、病気のせいで事務職やってるんだろ。一応、新人の指導とかもしてるって言ってたけどさ。周りの目とか気にならないの?」
父さんは、何だ急にと言わんばかりに一瞥し、また天気予報に視線を戻した。
今日も猛暑となるでしょう。水分補給を忘れずに、と女子アナが鼻から抜けるような甘い声で言う。
「別に。俺は仕事をしに行ってるんだ」
父さんは「それだけだ」と、俺が入れた氷入りの水筒を鞄に詰めた。
「バイト辞めようと思うんだ。今日、これから言いに行こうと思ってる」
「そうか」
「そうかって……」
苦笑する俺をいぶかし気にちらりと見ると「自分でやる」と、麻痺した右腕で服の裾を抑えながら、左手でファスナーを引き上げた。
「俺には関係ない」
父さんは仕事用鞄を身体に斜めに掛け「いってきます」と、さっさと家を出て行ってしまった。
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