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「おう、敦士君。久しぶりだね。どうしたの、それ。怪我、大丈夫か」
ひと口飲んだ珈琲のカップをテーブルに置いた小野さんが、僕の右肘を顎で指す。
「あ、えっと……ちょっと転んじゃって」
「相変わらず生傷の絶えない男だなぁ。気を付けないと、そのうち事故にでも巻き込まれるぞ。自分は大丈夫って思うだろうけど、他人事じゃないんだからな」
小野さんは「シンさん、絆創膏出してやってよ」と、新聞を四つ折りに畳んでビジネス鞄に差し込んだ。
「いま用意していた所だよ。あぁ、痛そうだね。酷くなりそうだったら、ちゃんと病院に行くんだよ」
「ありがとうございます。そうします」
脇の汗染みを隠すように身を縮めながら、俺の定位置でもあるカウンターの一番奥の椅子に小走りで向かう。
座面がエメラルドグリーンの落ち着いた印象だ。
ベルベット張りの滑らかな座面に腰を下ろし、ふと正面の食器棚のガラスに反射した自分の姿に嘆息した。
三十歳にもなった男の、青いタータンチェック柄の半袖から覗く絆創膏は、生白い、細く頼りない腕と相まって、なんとも間の抜けた姿だった。
この喫茶うたたねは、綾瀬の森公園の片隅に位置する、知る人ぞ知る隠れ家的な小さな店だ。
浅黄色の屋根が目印の店の周りには、シンさんが手入れしている花壇や植木が並ぶ。
入口横の階段から上がる二階はシンさんの居住スペースだ。
二階の窓辺に吊り下げられたウインドウボックスは、この時期は青と白のトレニアが涼し気に彩っている。
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