58人が本棚に入れています
本棚に追加
「はい、お待たせ。敦士君、お昼は食べた?」
白磁のカップに注がれた珈琲から、ふくよかな香りが立ち上る。
「いえ、実はまだで……」
本当はその為にコンビニに行こうと思っていたのに、店の前であの女に遭遇した。
あの女に追いかけられるのは、これが初めての事では無い。
今の運送会社でのバイトを始めてから数回。
あれは七月の終わり頃。
帰ろうとしたら職場の前にいたのが最初――のはずだ。
実際にはわからない。もっと前にも会ったことがあるような気がする。
とにかく、今日もまた女に追いかけられた。
もう二時になろうとしている今、俺のお腹は限界値を迎え、空腹を通り越してチクチクと痛みを伴い始めていたところだ。
「ナポリタン食べるかい。具材が余ってて、小野さんにも協力して貰ってたんだ。サービスするから、敦士君もどう?」
「そんな、お金はちゃんと払います」
背負っていたリュックを下ろし、財布を出して「持ってます」と見せる。
「気にしないで。ほら、人助けだと思って」
シンさんは、切ってあった玉ねぎとピーマンをフライパンで炒め始めた。
挽肉を入れ、油が弾ける音が腹の虫を更に騒がせる。
やがて焼けついたケチャップの香りをまとったパスタが、粉チーズと乾燥バジルで化粧をして目の前にやってきた。
「ごゆっくり」
「ありがとうございます。いただきます」
最初のコメントを投稿しよう!