第一話 空色のクリームソーダ

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文庫本のページをめくる音、小野さんが新聞をめくる音。 エスプレッソマシンから珈琲が注がれる音。 灰色の整えられた髪にシックな装いのシンさんが、カウンターの中を静かに行き来する細やかな音。   やがて店内を包み込む珈琲の芳香。 店内をほどよく照らす飴色の照明。 カウンターテーブルとソファ席に備え付けられたステンドグラスの卓上ランプの柔らかな光。 店内の落ち着いたシックな色調と、優しいカノンの音色。   この店を彩る音や香りや光が、心の力をふっと抜いてくれるような不思議で心地よい空間を作り出している。    やっぱり好きだな。この喫茶店。   体中から緊張の糸が一本ずつ解けていくのを感じながら、木製の背もたれに体を深く沈めた。   本を片手に珈琲のカップを手にする。 底からするりと滑り落ちてきた一滴に、口の端から驚きの声が漏れた。 「随分集中していたみたいだね。もう一杯淹れようか?」 「じゃあクリームソーダをお願いします。その……一度飲んでみたかったんです」 「良いね。何色が良い?赤と緑と青があるけど。二色っていうのもできるよ」   少し悩んでから「赤でお願いします」と答えた。 昼間は窓を閉めたままエアコンが効いていた室内だが、いつの間にかカウンター内にあるアーチ状の窓――上部が半円の形になっていて、外開きの窓から、夕方の柔らかな風とヒグラシの声が流れ込んでいた。
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