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散光1-⑹
「それで、なんとか主を介抱したところまで話したのですが……」
「そもそも、怪し気な場所に行ったことで呆れられたという訳だ」
「ええ。蕎麦を食べただけではなく女を買ったのではないかと思われたのか、それきり口を利いてもらえなくなりました」
「ううむ、気の毒だがそれは自業自得という物だよ宗吉君。ではその『筒』というのはまだ、君の手元にあるんだね?」
「はい、あります……ええと、こいつです」
宗吉はあらかじめ用意してあったのか、袂から細長い箱を取り出すと蓋を開け中を見せた。
「ほう……綺麗な物だね。なんだろう」
手渡された『筒』は、長さ三、四尺ほどの竹筒を小さくしたような筒だった。周囲にはぐるりと赤い千代紙が貼られており子供の玩具のようにも見えた。
「あっ、なんだか覗き穴のような物があるな。望遠鏡にしては小さいが……どれ」
流介はそう言うと筒を望遠鏡のように持ち、筒の『蓋』にある穴を覗きこんだ。
「うわ、なんだこれは。夢を見てるようだ」
覗き穴から見えたものは、丸い窓の中を広がったりしぼんだりする色紙の屑だった。
「これはなんだい、宗吉君」
「調べて見たところ、『百色眼鏡』とか『更紗眼鏡』とか呼ばれる一種の玩具のようです」
「やはり玩具か。それにしても綺麗な物だなあ」
「元々は外国から来たもののようで、得戸時代にはすでにあったようです。主がなぜそれを僕に託したのかは皆目わかりませんが」
「まずは主が言ったという『ゴメダユウ』なる人物がわからなければどうしようもないな」
「そうなんです。参ったな……」
「ようするに、僕に打ち明けたのは僕を通して天馬君に謎の相談をしてみてくれってことだろう?僕もそう思うよ。下手人のことは兵吉さんにでも頼んでおくのがいい」
「じゃあ『ゴメダユウ』のことは飛田さんが調べてくれるんですね?」
「まあ、約束はできないが仕方なかろう。とりあえず天馬君を探してみるよ。僕の頭には荷が重すぎるからね」
「ああ、よかった」
「兵吉さんには君から事情を打ち明けて頼んでもらってくれないか。僕は今、取り組んでる短い記事が片付き次第、天馬君を探しに行くよ」
「そうしてくれると助かります」
すっかり自分に頼り切っている宗吉を見て流介が少しだけほっとした、その時だった。
「一体何が良かったんです若旦那」
突然、横合いから声がして薬局の店員である平井戸亜蘭が土蔵の中に入ってきた。
「亜蘭君……いつからそこにいたんだい」
「ついさっきです。せんじ薬ができたら呼べって言ったのは若旦那じゃないですか……ねえ飛田さん、何の話をなさってたの?」
「いやまあ、別に……それより立ち聞きとは趣味が悪いぞ、亜蘭君」
「あら、大の男が聞かれて困る話をこそこそする方がよっぽど悪趣味ですわ」
亜蘭はしれっとした顔で言うと、流介に「飛田さん、それ見せて頂いてもいいかしら」と身を乗り出した。
「残念だが、こいつは預かりものなんだ」
「なによ、飛田さんのけち」
「とにかく、詳しいことは宗吉君からでも聞いてくれないか。じゃ、僕はこれで」
「あ、待って飛田さん」
流介は追いすがろうとする亜蘭を振り切って土蔵を出た。亜蘭はいい娘だが、殺人が絡むような事件に関わらせるわけにはいかない。そうでなくても彼女の好奇心はただ事ではないのだ。うっかり一枚かませたら、どんな危ないことに首を突っ込むかわかった物ではない。
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