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散光2-⑵
「飛田君、君にお礼が言いたいという女性が来てるんだが、おぼえはあるかい」
例によって筆が鈍り、腹ごしらえもかねて外に出ようかと思っていた流介は来客と言う珍しい事態に「え、あ、はあ」と間の抜けた声で応じた。
よれた襟を正して戸口に向かった流介は、見覚えのある美女の登場に背筋がすっと伸びるのを意識した。
「お忙しいところ、押しかけてしまってすみません。昨日のお礼が言いたくて」
編集部の入り口に立っていたのは、先日宝来町で狐面の男に絡まれていた美鈴だった。
色味に乏しい編集部と銘仙の美女のちぐはぐな取り合わせに気後れしつつ、流介は「いや、わざわざそんな。僕が助けたわけでもなし、どうかお気遣いなく」としどろもどろに返した。
「これ、弥生町の菓子屋で買ったものですが、よかったらお納めください」
「あ、ど、どうも」
押し問答をするのも無粋なので、流介は美鈴の差し出す包みを受け取り頭を下げた。
「ええと、その後はおかしなことはおきていませんか」
「おかげさまで。……あっ、それ」
美鈴の目は、流介のポケットからはみ出した『百色眼鏡』に注がれていた。
「あ、これですか。ちょっとした成り行きで預かることになったもので……一種の玩具です」
「素敵。『百色眼鏡』ですね?」
「よくご存じですね。僕もこういう玩具があるということをつい最近、知ったのですが」
「あ、はい。たまたま以前から知っていて時々、楽しんでいた物で……」
「そうだ、お礼されるばかりでは気が引けてしまう。これから蕎麦でも食べに行こうと思うのですが、昼飯をおごらせてもらませんか」
流介がふと思いついた誘いを口にすると、美鈴は困ったような笑みを浮かべつつ「それではお礼に来た意味がありませんわ。……でも、お昼をご一緒してくださるというのなら、行きます」と返した。
「ええと……ではまあ、それでいいです。今、支度をしますので少々お待ちを」
流介はなんだか提案の理由がどこかへいってしまったなと思いつつ、外出の支度を始めた。
※
腹ごしらえすべく『梁泉』の入り口を潜った流介と美鈴は、女将のウメに促されるままごく自然に座敷席に腰を据えた。
「蕎麦はよく食べられるんですか?」
「はい。子供の頃も、尾樽にいた時もよく食べました」
「尾樽にいらっしゃったんですか……あそこも鉄道が敷かれて海運業の倉庫ができたりと商都になりつつあるみたいですね」
「そうですね。ただ同じ商都でも匣館とはやっぱり少し違います。空の色や海の音も……」
美鈴はそういうと、ふと遠くを見るまなざしになった。子供の頃に聞いた波の音を懐かしんでいるのかもしれない。そんなことを想像していると、『梁泉』の女将である浅賀ウメが座敷に姿を現した。
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