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今見返せば、ノートに書かれている字はお互いの体躯をそのまま表しているように見える。書かれている内容も、俊吾が玲を導くようにして、丁寧にいくつもの問題を解いている。
だが実際の自分たちの関係は、真逆だ。玲がグイグイと俊吾の手を曳き、道を正してくれていたのかもしれない。そういう意味でも、井上玲は大人しくて可愛らしいが、とびきり勇敢な男なのだ。
俊吾は何ページかをぱらぱらと眺め、少しだけ迷った末に、本棚のいちばん隅に置いた。味気の無い医学雑誌の背表紙が並ぶ奥に、青いバインダーがちょこんと座っているのは、俊吾の中で不思議としっくりと収まる。
しばらくその並びを眺めながら、俊吾は残っていたコーヒーを飲み切った。やがて得心が行くと、作業の続きに戻ることにした。いつの間にか、既に昼に近い時間になっていた。
……腹が減った。
勤務中はもはや空腹感を感じない身体になっていたが、家にいてこうして肉体を使う作業をすると、途端に胃袋が動き出す。空腹を感じるのは健康な証拠だ。まだ自分は元気だと分かり、俊吾はホッとした。
メシはどうするかと考え、キッチンの上に置かれたカップ麺をチラリと見て、俊吾はいかんいかんと首を振った。今日は時間があるのだから簡単に済ませる必要は無い。
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