3 アグリーダック

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 その日は、母は妹とコンサートを見に東京まで出かけていて不在で、大学生の兄はバイトがあって帰宅が遅くなると言われていた。ふたりきりなので近所のファミレスで晩飯を食べようということになり、そこで俊吾は自分の全てを聞かされた。  父からは、年の離れた妹である俊吾の実の母は、オメガで未婚で出産し、その後程なくして亡くなったとだけ聞かされた。実母は相手の名前を最後まで言うことなく、病死したそうだ。  実母は大学進学時に都会に出て、故郷に戻らず就職したので、彼女に何があったのかは、父は全く知る由も無かった。現に父が妹の出産の事実を知ったのは、無くなる直前に病院から連絡があった時だ。  その時には兄妹の両親は既に亡くなっていて、唯一の身内である父が、甥っ子である俊吾を引き取ることになった。  もちろん俊吾にはその頃の記憶は無い。高島歯科の次男として、傍目には不自由なく育ってきたのだから当然だ。  もし俊吾がそれ以上の事柄をと知りたいと言えば、たぶん実直な父は手を尽くして調べてくれただろう。だが、俊吾はそうしたいとは思わなかった。知る必要も無いと思ったからだ。  俊吾にとっての両親は、あくまでこの人たちであり、それ以外にはない。身寄りがない自分を苦労することなく育ててくれ、国立とはいえ金銭的に負担の大きい医学部に進学することを積極的に勧めてくれたのだ。
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