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もう帰ることは無いだろうと思っていた故郷だ。俊吾は感慨深かった。
自分にとってここは、いい思い出ばかりの土地ではない。アグリーダック、みにくいアヒルの子の記憶が俊吾の中には刻まれている。
帰郷すると決めたが、これが本当に正しい判断だったのかは自分でも分からない。
最後の勤務の後の内輪だけの宴席で、仲の良かった看護師から花束を出されたとき、俊吾の目には柄にもなく涙が滲んだ。もっとここにいて、医師として生きていたほうが、幸せになれるのかもしれない。そういう思いが一瞬頭を過った。
しかし、辞めるということに対して、自分の気持ちの中に後悔はない。
同僚から背中を押されて花束係を務めた看護師が、自分に好意を持っていたことに、俊吾は気がついていた。朗らかな気性で責任感が強く、後輩の面倒見も良い彼女とは、ペアを組むことが多く、なんとなくいい雰囲気になりかけたこともあったが、ついに一線を越えることは無かった。
それで良かったのだと今でも思っている。
きちんとした女性だと思うからこそ、気易い遊び相手のような付き合い方はしたくなかった。おかげで、こうして良い関係のまま笑顔で別れを言うことが出来る。
このまま都会の病院で、医師としてのキャリアを積んでいくのなら、彼女との将来を考えるのもありだった。
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