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玲は案内も待たず、カウンターに自分から声を掛けると奥の方にあるテーブルへ向かった。
見渡すと、少し遅い時間だからかそこまで混んでいない。好き座ったらいいのだろうと理解し、俊吾は後を追った。
玲はメニューを取り出して広げた。自分では読みもしないから、多分決め打ちがあるのだろう。俊吾はとりあえず一瞥すると、玲に訊いた。
「で、井上は何を食べるんだ?」
玲は一瞬キョトンとしたが、すぐに「そう呼ばれるのって、新鮮」と呟いた。
俊吾はハッとした。もちろん他意は無かった。玲の姓が変わったのは知っていたはずなのに、つい口から出てしまったのだ。
「スマン。申し訳ない」
俊吾が頭を下げると、玲はニコッと笑った。
「学校では、僕は酒見先生なんだけどね。高島君にとっては、僕は井上だよね。別にどっちでもいいよ、全然。井上のままでも」
玲がさして気にする風でもないので、俊吾は助かった気になった。センシティブなことだったらマズかったかと、俊吾は内心かなり焦っていたのだ。
だが一方で、玲のことを酒見と呼ぶのは、違和感と抵抗感がすごい。言いたくない、とまで思った。だから、何とか名字を使わないようにして、この場の会話をしようと決めた。
玲は今の出来事を忘れたかのように、俊吾の前に広げられたメニューを手に取った。パラパラと何枚か捲ると、ジャーンとばかりに俊吾の前に置きなおした。
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