3 アグリーダック

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   大学に入ったら遠くに行って下宿しよう。そうすれば時と距離が問題を解決する。ひとり苦悩する母親を横目に見ながら、俊吾は子どもながらに達観しそう思うことで遣り過ごしてきた。  全部、まだ俊吾が実子ではないと知らない時代だ。聡い俊吾のことだ。そこはかとない疑問は胸の奥に芽生えていた。  一方で、兄は相変わらず俊吾に優しい。  読書好きで大人しい武久兄は猛勉強の末、父親の跡を継ぐべく隣県にある私立大学の歯学部に入学した。卒業後は、大学時代の先輩が経営する医院で勤務歯科医をしている。どこかの時点で父と代替わりをして、兄が医院を継ぐのが、誰もが望む既定路線だ。俊吾に異論は微塵も無い。  むしろ、遠く離れた都会にある国立大学の医学部に行くことを、両親が快く承諾してくれたことに感謝している。たとえその中に、兄の為の厄介払いの意図が見え隠れしていたとしてもだ。  俊吾は、大学に入学した後は、実家とは一線を引くことに決めていた。医者になれば、ひとりでも十分生きていける。その為に出来る限りの努力をするつもりだ。俊吾のその決意を、父も察していたのだろう。  引っ越しの日、父は医院を休診にして、俊吾とふたりで遠い大学の地に向かってくれた。ワーカホリック気味の父の予想外の行動に、家族の皆が驚いた。
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