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『今日、帰る』
兄からメッセージアプリで連絡があったのは、3日後の朝だった。
琴葉はすぐに声が聞きたかったが、通話にすると、大事なことを言わないわけにいかないので『お疲れさま』とだけ送った。
田中誠太郎は、このところずっと調子が悪かった。調子が悪いというか、既に自発呼吸ができなくなっていて、病院からは、もし臓器提供の意志があれば、脳死判定を行うことができると聞いている。そして可能ならば、できるだけ早く決めていただければ、と。
正寅の上司、桜庭よりもっと上の上司の津村という年配のおじさまが、一緒に説明を聞いてくれた。どうやら兄は、田中についての処遇を津村に便宜を図ってもらっていて、津村も兄をかわいがってくれているようだった。
そして彼が、正寅は数日以内に帰国するので、最後に一度会わせてやりたいと言って、病院も待ってくれることになった。
きっと兄も途中経過を聞いているから、ある程度、想像がついているのだろう。
田中のことを聞いてこなかった。
母が飼っている白猫を抱いた写真を返信していて、琴葉はクスッと笑った。
兄もテシェルで笑ってくれているといい。
テシェルからの直行便がないので、実際に兄が日本に戻ってきたのは、翌日の早朝だった。
琴葉は迎えに行くつもりはなかったのだが、桜庭が車でマンションに寄ってくれたので仕方なく行った。
出国の自動ドアから出てきた正寅は、リュックを片方の肩にひっかけて、無精髭で髪もボサボサで疲れ切った様子だった。
「トラー」
桜庭が呼んで、正寅は顔を上げた。そして桜庭の隣にいる琴葉を見て笑みを浮かべた。
暇なのか、何か負い目があるのか、琴葉の夫の久寿も一緒に来ていたのだが、正寅は桜庭も久寿も無視して琴葉の方へまっすぐやってきた。
「琴葉、悪かったな。病院、直行したほうがええよな」
正寅は疲れを隠せない顔だったが、それでもちょっとシャキッとして言った。
その横で久寿が「荷物持ちますよ」とリュックを奪い取った。「私が持つ」と桜庭も引っ張る。正寅がそれを見て「ケンカするな」とたしなめた。
「疲れてるやろ? 飛行機で寝れた?」
琴葉が聞くと、正寅は小さく笑った。
「離陸前に目ぇ閉じて、開いたら着陸しとった」
「一瞬?」
「一瞬。俺、能力、発動したんかもしれん」
「すご」
琴葉はいつもの調子の兄を見て笑った。良かった、元気そう。
「病院、行くわ。一緒に来てくれるか?」
正寅が言い、琴葉はもちろん頷いた。
「おまえら仕事に戻れ、暇か」
兄は上司と後輩に冷たい言葉をかけて、2人はキャイキャイと楽しそうに「冷たぁい」と喜んでいた。
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