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田中誠太郎の葬儀が終わり、ようやく落ち着いたと思ったら、兄が大阪に行くというから、琴葉は驚いた。
「籍、抜こうとしてる?」
そう聞くと、兄は「そんな話もしたな」と笑った。ということは違うらしい。
琴葉は兄の部屋に久々に来ていた。あらゆる棚や隙間に大小の石が置いてある。たぶんよくわからない箱やアクリルケースに入っているのも石だ。
田中の明らかになっている親族は正寅だけなので、兄が遺骨を受け取っていた。遺骨と小さな位牌が石の間にあって、琴葉はその前で手を合わせた。田中も石の専門家だったから、きっとこの部屋に迎えられて幸せだろう。
遺骨は近いうちに永代供養をしている寺に納めることになっていた。
「ホットの方がええかな」
兄は琴葉に気を使って、カフェインレスティーを買ってくれていた。
それを入れてくれて、自分も同じものに氷を入れてマグカップで飲む。
「まぁ、ある意味区切りではあるかな。休み取れたし、父さんの墓参りしよかと。それからユキチと1日中遊ぶ」
正寅はそう言って楽しみだと目を細めた。
「何なん、そのパラダイスみたいな計画は」
琴葉が言うと、正寅はふふんと自慢気に笑った。
「あと、まぁ、大阪のうまい店調査もする。食い倒れる」
「マサ、災害救助隊、クビになったん? 何日休むん?」
「テシェルの代休がもらえて、どっかで大きい災害とか起きへん限り、1週間」
「私も帰ろうかなぁ」
「帰るんやったら、女子ウケするおしゃれカフェ・リスト作ってくれ」
「なんで女子ウケ?」
「諸事情があって」
正寅は隠し事が下手だ。
「かわいい自衛隊の人とデートするから?」
「そんな約束はしてへん」
「まだ」
琴葉が補足すると、兄は微妙な表情で苦笑いし、それからテシェルで拾ってきた石を手に取った。
「これも父さんに報告する。そんで、もう、忘れる」
「セイさんのことを?」
「うん。その方が」
正寅は石を見つめて目を伏せた。
「あかんて。マサ、マサはちゃんとセイさんのこと、覚えといたって。セイさん…ていうか、ショウさん」
琴葉は兄の腕をグイと掴んで言った。
「痛い……」
「あ、ごめん。でもマサ、マサはそのままでええよ。家族愛が重くて、こっちが疲れるぐらいの重さが。そのままで。忘れようとか、そんなん無理やから。マサが家族を忘れるって、地球、反転してしまうやん。天変地異やん」
「災害救助隊だけに?」
「やり直し」
琴葉はため息をついた。
「えー、フリが悪い。俺のせいではない」
兄は手の中で石を転がしながら言って、それから笑みを浮かべた。
「これ、テシェルで見つけたって言うたら、父さんに褒めてもらえるかな」
そう言う兄は小学生みたいで、琴葉は安心した。いつもの兄に戻ったみたい。
「『よく見つけたな、マサ』って言うてくれるよ」
琴葉が威厳のある太い声色で言うと、正寅は「父さんはそんな言い方せん」と笑った。
仕方ないでしょ、知らないんだから。
父が死んだのは、琴葉がまだ4歳のときだった。あんまり覚えてない。
琴葉が唇を尖らせて舌を出すと、兄は頬杖をついて笑った。
「孫ができるって聞いたら、父さん、号泣しながら化けて出るかもよ」
「そういうキャラ?」
「たぶん、魂は熱い」
「知らんけど」
琴葉が補足すると、兄は楽しそうに笑った。
母さんが言ってた。マサは父さんに、ほんまに似てる、びっくりするぐらいそっくりって。
血もつながってないのに、と兄なら笑うだろうなと琴葉は思った。
end.
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