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 ホイップクリームがたっぷり乗ったシフォンケーキを前にして、琴葉は眉を寄せていた。 「まぁね、鳥羽っちはわかるよ。なんだかほら、鼻筋通ってるし、髪もちょっと茶色っぽいし。でもトラは意外。完全にジャパニーズだと思ってた」  兄、正寅の元カノであり、過去も今も兄の上司である桜庭が、キャラメルアイスの乗ったパンケーキを食べながら言う。  桜庭と兄は別れてしまったが、琴葉と彼女は今でもたまにデートする。それは琴葉が結婚してからも変わらなかった。うまく波長が合う相手ってのはいるんだと琴葉は思う。  桜庭は琴葉が迷ったときは、いつもメンターになってくれる。 「そう、見落としてた。2人が本当に兄弟かって話だけに注目してたから」  琴葉は息をついて、検査結果のデータを見た。  この前、遺伝子検査の結果を見返していた母が面白そうに言ったのが発端だった。  このコーカソイドっていうのは、何? 石の名前?  母は石狂いの父と兄を長年見てきたので、何でも見慣れないカタカナは石の種類かと聞く。  それって民族的なアレよ、と答えた琴葉が何の話かと問うと、母が兄と田中の遺伝子検査を見て言っていたのだった。  2人ともそう書いてあるから、石かと思ったわ、あはは。  あははではない。  琴葉は驚いた。兄と田中は、共通して15−6パーセントほどに日本以外の地域の遺伝子が含まれているという結果になっていた。結果報告を聞いたとき、何パーセントかは誰しも別の地域の推測が出るもんなのですよと言われたこともあって、そのときは気にしていなかった。むしろ兄と田中の血のつながりが確かめられ、兄と自分とのつながりの無さを感じて悲しくなったものだ。  改めて聞いてみると、そういう軽い問題ではなかった。  兄も田中も、どうやら祖父母、もしくは曽祖父母あたりに北アジアから中央アジアの民族性特性をもつ人物がいるという。2人が異父兄弟なのは確かなので、おそらく母系に共通した誰かであろうということだった。 「トラがクォーターかもとはね。8分の1かな」  桜庭が楽しそうに言った。 「これ、マサに教えるべきかな。マサ、今、テシェルに向かってるんだよね」  琴葉は詳細結果を見つめながら、またため息をついた。  イタリアでの会議出席を何とか終えた兄は、昨夜起こったテシェルでのマグニチュード7の震災を受けて、臨時派遣を打診されたのだった。  災害救助隊の誇りを持つ兄が断るわけもなく、帰国のために空港に向かっていたところを、Uターンして港へ向かったと聞いている。 「臨時派遣ね、イタリアにいたからなぁ。近いもんね、フェリーで2時間ぐらいらしいよ」  桜庭が人ごとのように言うが、彼女もいずれ本格派遣となったら呼び出される可能性がある。まだ受け入れが整わないので、国際災害対策会議に集まっていたメンツの有志がひとまず状況把握に第一陣として入ることになっていた。 「うん、まぁ言ってやったらいいんじゃない? テシェルってのは可能性の一つだけど、トラのことだから、また何か新しい発見をしちゃって、物事をややこしくするかもね」 「めっちゃ、しそうで怖い。マサ、無意識にトラブルに頭、突っ込んでいくんだよね」  琴葉が言うと、桜庭は笑った。 「正寅のトラは、トラブルのトラってね。けけけ」 「優子ちゃん、マサにどうやって言おう?」 「んー、そのまま素直に言っちゃえばいいよ。どっちにしろ、トラは鳥羽っちを通して、自分のルーツ知りたがってたんだし、何かわかったら教えてっていつも言われてるんでしょ?」 「うん、言われてる」 「コトちゃん、目を閉じてごらん」  桜庭に言われ、琴葉は目を閉じた。 「震災で奔走してるトラに配慮して、教えるのを帰国後にしたとするでしょ。そのとき、トラは、どんな手を使ってでもテシェルの派遣部隊にもう一度入ろうとすると思わない?」 「……思う」  琴葉はがっくりと首をうなだれた。  目的のために、兄が似合わない『政治力』とやらを発揮しそうで怖い。桜庭と違い、不器用な兄は、きっと不器用に『政治力』を使う。危ない手つきで、こっちがハラハラして見てられないのに、頑固な兄はまっすぐ目的に向かって突っ走ってしまう。  間違いない。 「ね、トラへの対処で一番いいのは、何のひねりも加えないことなのよ。思ったことは言う。言われたことは素直に受け取る。トラが何かをひねろうとしたときは、全力で止める。それが一番」  桜庭が言って、琴葉は目を開いた。 「優子ちゃん、神。拝む。マサに連絡する」 「いつでも寄付してくれて良いのだよ」  桜庭がお釈迦様の手真似をして言い、琴葉は笑った。
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