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翌日、琴葉が胎教にはちょっと早いんじゃないかと思いつつモーツァルトを弾いていると、兄から連絡が入った。珍しく、メッセージからではなく、直接アプリ通話で。
「どしたん、マサ」
琴葉が慌てて出ると、兄は意外と元気そうな声で「今、暇でよぉ」と言った。
「暇? クビになった?」
「なんでや。あのさ、あと3日で帰れることになったわ。3日限定で車の見張り番として雇われた。今、見張り中で暇」
「何それ。議員さんの運転手?」
「いやーそれが、運転もさしてもらえんのよ。見張りだけ。笑える」
「マサ、疲れすぎて頭おかしくなってない?」
「失礼な。桜庭から連絡あって、なんか見つけたって?」
「早いなぁ。うん、明日会うよ」
「俺も立ち合いたかった」
「ああ……見張りしてるときやったらつなぐよ」
「バレたら滅茶苦茶怒られそうやけどな。雇い主、かわいい人なんやけど怖い人で。桜庭とは違う意味で怖い。マジ怖いけどかわいい」
兄はかつて、珍しい石や鉱物の発見を次々にしている時期があった。それを妬んでか、SNSで『御崎正寅は海外のミネラルマーケットで買った石を別の場所に置いて発見したと騒いでいる』という根も葉もない捏造疑惑を噂され、大騒動になって以来、他人を必要以上に怖がる傾向にある。何しろ、騒動が大きくなりすぎて、一時は警察の聴取を受けたぐらいだったので、警察のことも好きではなく、多くの他人も苦手に思っている。
だから兄の『怖い』も少し値引いて考える必要がある。
「点滴は? もう大丈夫なん?」
「うん、それは大丈夫。あれ? 点滴したって言うたっけ?」
「言うたよ」
「そっか……」
「言うたらあかんことやった?」
「いや、別にええと思う……」
兄はあからさまに言葉を濁す。何かあるなと琴葉は思った。
「マサ、また何か巻き込まれ系?」
「それは言えん」
きっぱり断言する兄に、琴葉は苦笑いした。ということは、巻き込まれてるんだ。
「石関連?」
「あのな、琴葉、俺がそれ以外の理由で呼ばれると思うか?」
「まぁね。それでかわいい雇い主の車を見張って3日したら帰ってこられるってこと?」
「そう、たぶん。変な方向に転がらん限り。でもな……転がりそうで怖い、石だけに」
面白くないことを兄が平然と言っている。テンションがおかしい。疲労だろうか。
でも琴葉はスルーすることにした。
「ん……転がるよね、たぶん」
「あ、かわいい雇い主、帰ってきた。怒られる。またな」
兄が通話を切り、琴葉は首を捻った。
かわいい。
兄がそういう表現をするのは珍しかった。美人とか綺麗な人とかはよく聞くが、かわいいは珍しい。
そして何より「怒られる」というのを、ちょっと嬉しそうに言っていた。
怪しいな。
琴葉は次に連絡が来たら、突っ込んでみようと決意した。
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