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 *  ララという女性は60代を過ぎた、ぽっちゃり体型の貫禄のある人だった。香水の香りも強めで、化粧も濃い目だったが、彼女の派手めのファッションにはよく似合っていた。  かつては水商売をしていたが、今は日本人男性と結婚して地元の外国籍の子どもたちに日本語を教える先生をしているという。  フリースクールも同じ場所でやっていて、その日は平日の午前中だったが、数人の子どもたちが本を読んだり、タブレットで遊んでいるのか勉強しているのか、楽しげにしているのが見えた。 「ショウとリク、かわいい子たちね。昔、よく遊んだよ」  彼女はお茶を出してくれたあと、懐かしげに言った。 「どっちがショウで、どっちがリクですか?」  花岡が聞くと、彼女はスマホの田中を指差して「ショウ」と言った。  桜庭と琴葉は、お互いを見た。つまり正寅はリクだ。  兄は田中に「リク」と呼ばれたと言っていたが、聞き間違いではなかったらしい。 「2人とは日野山町でお知り合いだったんですよね?」 「ちょっとだけね。リクが2歳ぐらい。ショウは12歳ぐらいかな。面倒見のいいお兄ちゃんだった。カナが仕事してる間、ショウがリクを見てて、学校も行ってなかったみたいだから、たまに一緒に御飯食べたりしてた」 「カナさん、というのが2人のお母さんですか?」  花岡は丁寧に話を聞いていく。さすがこういうことはプロだなと琴葉は思った。 「そう、思う。わからないけど。一緒にいたから家族でしょう」 「父親はいませんでしたか?」 「うーん……どうかな。たまに男の人、来てたからその人かもしれない。別の恋人かもしれない。わからない。聞いてないから」 「そうですか。リクがいなくなったのは知っていますか?」 「いなくなった? わからない。カナは別の仕事で引っ越したと思ってた。そういう子は多かったから。上にヤクザとか、変な男がいて、そいつらに仕事をもらってた」 「わかりました。カナさんの生い立ちとか、そういうのは聞いたことはないですか?」 「生い立ち……子どもの頃の話とか?」 「はい」 「そういうのはしないね。ショウがいろいろ言ってたけどね、殴られるとか、リクを守らないととか。カナもいい子だけど、親としてはできないこともたくさんあったから」 「他に、この2人を知ってる方っていますか?」 「その、上の仕事斡旋してる人ぐらいじゃないかな。子どもを売れって話はよくしてて、カナが断って殴られて、ショウがたまに内緒でお金を作ったりしてた。盗みとかそういう仕事をして。ショウもリクも、他の人にバレないように昼間は部屋でじっとしてた」 「……わかりました」  花岡はそう言って、桜庭と琴葉を見た。 「2人はいい兄弟でしたか?」  琴葉はララに聞いた。イエスと言って欲しい気がした。 「ショウにとって、リクは守るものだったと思う。カナはほとんど、自分の生活で目一杯だったし、ショウは大人になりかけの子どもだったから、リクがいたから、一生懸命、大人になろうとしてた。兄弟として、どうだったかわからない。リクは、いついなくなった? 死んだの?」  ララが悲しそうに聞いて、琴葉は大きく首を振った。 「めっちゃ元気です。実は、迷子になったリクを、私の父が見つけて、養子にしたんです。親がわからなかったから。それで調べてて」 「ワオ」  ララは目を見開き、それから嬉しそうに笑った。 「良かった。ショウも元気?」 「あ……ショウさんは、入院してて……話が聞けなかったので」 「でも、大人にはなったね、2人とも。死んじゃう子も多いから」 「日本なのに」  花岡が驚愕するように言って、ララは苦笑いした。 「病院に行けなくて、病気で死ぬ子もいるからね」 「日本なのに」  花岡が少し憤るような感じで言い、桜庭が彼の肩をそっと叩いた。 「リクは、私の兄になりました。自慢の兄です。ララさんのことは、小さくて覚えてないと思うけど、今日の話、しておきます。今はちょっとテシェルに行ってて連絡がうまく取れなかったので……でもホントは会いたがってました」  琴葉はララにペコリと頭を下げた。きっと、この人も幼児期の兄の命を守ってくれた一人に違いない。 「テシェル。何のために? カナのお母さんはテシェル語を話してたらしいよ?」 「ひゃぁ」  桜庭が嬉しそうに言った。 「災害救助隊員なので、震災の救助で……偶然です」  琴葉が言うと、ララはニコリと微笑んだ。 「神様が呼んだのかもしれないね」 「いや、むしろ、石が」  桜庭が答え、琴葉はフリースクールの天井を見つめた。  石の神様が? 「今のリクの写真はある?」  ララが聞いて、桜庭がいろいろな写真を見せて説明している間、琴葉はこんがらがりそうな頭を整理していた。  これは一応、田中にも報告しておくべきなのかもしれない。
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