来訪者

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来訪者

「ただいま戻りました」  帰ってくると、腕まくりをした白衣姿のクゥコさんが居ました。  先ほどの出来事を言うべきか。基本的に良い顔をされないのは分かっているのですが、報告は大事ですし。  後ろめたさを抱えつつ、部屋に入っていくクゥコさんの後を追って入口の前まで来ると、乳鉢の擦る音が聞こえてきます。 「クゥコさん何しているんですか?」  報告のことなどすっかり忘れて、好奇心のほうが勝ってしまいました。 「咳止め薬と睡眠薬」 「ヤォさんの?」  聞くまでもなかったのですが、つい口が滑ってしまいました。 「夜になると咳が止まらないから、無理やり寝てもらっている」  ヤォさんとは違う、やつれたクゥコさんの横顔が印象的でした。 いったいいつから、クゥコさんはこの孤独を味わっているのかと思うと、胸が締め付けられます。  身の内話をするにはあまりにも壮絶で計り知れない物語を、きっと誰にも秘せずに生きてきたのでしょうから。 「他に薬はないのでしょうか?」  なんの、とは聞かずともわかっていることです。  ヤォさんを蝕んでいるのは『竜の呪い』ならば、治療できるのは『竜の奇跡』でしかない。  いまさらながら、ソゥラ教にまた入信……なんてことは出来ないのでしょう。       そんな甘い覚悟で、ヤォさんはクゥコさんと一緒になったわけではないのですから。 「今夜、迎えが来る」 「?」 「昨晩の【眼】に連絡をつけた。リン、君をその人形から取り出そうと思う」  透き通るような紅い苺の眼をしたクゥコさんの視線は、この時ばかりは濁った色をしていました。  それはきっと覚悟の色で、私に対しての宣告なのでしょう。  いまだに信じることは出来ませんがもし私が【竜】で、ヤォさんの病を治すことが出来るのならいくらでも協力はします。  けれど確固たる自信が私にはありません。  もし空振りに終わってしまったらと思うと、クゥコさんへの期待に応えられません。  その旨を告げるとクゥコさんは感情を(あらわ)にすることもなく、 静かな声で呟きます。 「そしたら、あきらめがつく」  きっとあらゆる手を尽くしてようやく巡り合えた奇跡を、手放しには喜べないほどの沢山の苦渋を受けてきたのでしょう。  その光景を思うと暗く眩暈がします。 「すみません」 「君が謝る事じゃないでしょ」 「でも……」 「そう思うんだったら、快く協力してよね」  最後は少しだけいつものクゥコさんのように、ふてぶてしさがありました。  にしても、私が 【竜】 だった場合、どんな生体実験をされるのでしょうか?  血とか取られるのならまだ我慢できますが、切り刻まれるのだけは勘弁願いたいものです。
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