37人が本棚に入れています
本棚に追加
/38ページ
夜の帳が降りた頃。
ヤォさんの食欲はあまり芳しくなく、夕食は少しばかり静かなものでした。
コン、コンコンコン、コンコン。
妙な節回しのノック音が耳に響きました。
ドキリと心臓が跳ね上がる気分です。人形の身なので気持ちが、ですがね。
クゥコさんが言っていた使いの方でしょうか。
私が出たほうがいいのか、躊躇っているとクゥコさんが素早く玄関の前に立ちます。私も何となく後に続きます。それからゆっくりとヤォさんも。
扉越しに短い合言葉を交わした後、玄関が開かれます。
灯りのない暗闇で、フードをかぶった外套からは白い肌だけが覗いていました。
肩には白いフクロウが。
「我が君。久方ぶりの再会に、このような姿で申し訳ございませぬ」
勝手に想像していた性別ではなく、凛とした女性の声でした。
恭しく頭を下げ片手を胸に、片膝を折ります。
きっとこれが最敬礼なのかもしれません。
「久しぶりだな、ヘィセ。とりあえず中に入れ」
ヤォさんとは違う、クゥコさんの主従の関係のような態度をみて、思わず神妙な気持ちになります。
ヘィセ。日中に聞いた名前ですね。
「失礼いたします」
フードを脱いだヘィセさんの顔立ちに、私は驚きの声を上げてしまいました。
「――えっ!」
それは私には見慣れた容貌だったからです。
栗色のゆるいウェーブがかかった髪に、翡翠色の瞳。
整った顔立ちと小柄な容姿も相まって、本当に可愛らしい西洋人形そのものです。
この世界では少しばかり異質な雰囲気に、動揺が隠し切れません。
そんな私の心情など露知らず、ばっちりとヘィセさんと眼が合うと、彼女は大輪の花のように顔を綻ばせました。
「おおっ! イチマル! 無事だったのか! 連絡がつかなくて心配していたのだぞっ!」
逃げる暇も抵抗する間もなく頬ずりされます。
華奢な身体つきのわりに、がっちりとホールドされて身動きが取れません。
どういった反応をしていいのか。
とにかく私が入っている人形は、ヘィセさんにとっては大事なものなのは分かりました。
「それぐらいにしろ。嬢ちゃんが困っているだろ」
ヤォさんの静止の声に、ヘィセさんはピタリと頬ずりを止めました。
「まだ生きていたのか。死にぞこない」
忌々しげに吐き出しました。
最初のコメントを投稿しよう!