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ヘィセ・アロィ
「はわっ! はわわわわっ! 我輩これは夢を見ているのでしょうかっ!」
キラキラと興奮した眼差しで両手で口元を押させる姿は、往年のスターに出会えたファンのような雰囲気です。
右へ左へとジロジロと向けられる視線に、ああ、動物園の動物ってこんなカンジなのですね。私も猫カフェに行った際にはきっとこんな風に振舞っているのでしょうか。――今後気をつけねば。まぁもっとも、人間に戻れることはないのかもしれませんが。
それにしても、興味のない振りをしてこちらも観察しますが、どうしたらそんなにサラサラな黒髪の直毛なのでしょう。
おまけにどんな化粧水を使っているのか、きめの細かい白い肌。
ただ残念なのは眼の下のクマがひどいことでしょうか。
コホン、と頭上から遠慮気味な息が洩れました。
「坊ちゃま、失礼ですよ」
ミクャさんが、少しばかり低い声で制します。
するとすぐに我に返ったのか、眼の前の方は冷静を取り戻したようです。
「これは大変ご無礼を致しました。ワタクシはこちらの施設の最高責任者を務めております、ヘィセ・アロィと申します」
私の目線に合わせるように少し膝を屈み、すっと胸元に片手を当てて、大変流暢な自己紹介に思わず見惚れてしまいます。
勝手に――失礼ながら陰キャ……オタクの方ってもっとおどおどしてるのかと思ったのですが、そういえばヘィセさんってお金持ちでしたっけ?
教養がとても自然に身についていらっしゃるようで。
「その……竜姫さま。御名を存じてはおりますが今一度、その美しい口元で、御名前をワタクシどもにお聞かせ願えませんでしょうか?」
堂々とした振る舞いに、思わず辺りの空気が清浄化される気配がしてしまいます。
切れ長の瞳に鳥の羽のような長い睫毛。
筋の通った鼻も薄い唇も。
あれ、ヘィセさん。よくよく見ると――否、よくよく見なくても、ものすごく美形ではないでしょうか?
全方位に眩いダイヤモンドやルビーのようなクゥコさんに比べると、まるで控えめに夜に輝く月の光を浴びる黒真珠のような。
「あ……」
遅れて自己紹介しようとしたとき、ひょいと身体が浮きました。
「いや―、それにしても嬢ちゃん無事で何よりだったな」
にかっと、視線の先には眼尻にシワを刻んだヤォさんの姿。
ヘィセさんとは違い血色の良い顔は、最後に目撃した姿とは別人のように違い、安堵の声が思わず零れるほどです。
「ヤォさん、無事だったんですね!」
「貴様! その汚い手で竜姫さまに触れるな! むしろ我輩が抱きしめたいっ!」
あぁ、カッコよかったヘィセさんはどこかに行ってしまいました。
「ぁあ、やめろやめろ。お前に触らせたら解剖されちまうだろ」
「なんだとっ!」
「わわっ!」
ヘィセさんに触らせないようにより一層私を高く上げたせいか、もともと長身のヤォさんが腕を上げたものですから、扉の枠の所に思い切り頭を打ち付けてしまいました。
「あ、悪い、嬢ちゃん。大丈夫か?」
これがまだぶつけるだけで済めばいいのですが、パラパラと壁材の欠片が落ちてきます。
正直全く痛くなく、あまりの脆さに驚いてしまいます。
「えぇえ、強化材入れてるのになんでそんなに壊れるのっ!」
思わず驚きの声を上げるハィセさん。
「とりあえず一旦落ち着いて皆席につかない?」
そう冷静に取り持ったのはクゥコさんでした。
ちなみにミクャさんは私がヤォさんに引き取られると、静かに入室してお茶の準備をしていたようです。
奥から漂ってくる茶葉の匂いに、全員がクゥコさんの意見に従いました。
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