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3.憧れと苦み
「木崎課長、格好いいですよね」
取引先へと向かう電車の中、百瀬がつり革を掴んだまま笑顔を向けてくる。自分よりも背が高いので、軽く見上げる形になった。
「厳しいなと思うこともあるんですけど。それ以上に自分に厳しいので。課長がそこまでやるならこっちもやるしかないなって」
百瀬は俺の二つ下、入社二年目の後輩だが、企画一課からの異動なので仕事に関しては先輩とも言える。驕ったところは全くなく『津島さんの役に立てるように頑張ろう』と心の中までよくできたやつだった。
「入社してからずっと海外勤務で、ロンドン、シンガポール、アリゾナ……一年以上同じところにいたことがないって聞きました」
百瀬は屈託なく笑い、憧れを浮かべる。頭上には『木崎課長すごいな。憧れるな』の文字が並ぶ。
「自動運転に使われている技術を玩具に応用させたのも木崎課長ですし、うちの会社に目を付けたのも木崎課長じゃないかって噂ですし。今回のことも……本当にすごいですよね」
「そうだな」
目の前の窓が春の色に染まる。川に沿って並んだ桜は満開を過ぎていたが、完全に散ってはいない。
――春になったらさ、お花見しよう。
懐かしい声が蘇り、そっと顔を背けた。
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