3.憧れと苦み

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「お待たせしました」  ゲームグッズ制作会社、ファンゲーム日本支社の応接室で、ポロシャツにチノパンというカジュアルな格好の男性――中村さんと向かい合う。年はあまり変わらないはずだが、肩書きは日本支社長だ。 「もうすぐですね」  事前に渡していた資料を手に取り、中村さんが声を弾ませる。  ――楽しみだな。  期待が表情にも吹き出しにも表れている。  隣の百瀬も気合い十分で話し出す。 「ええ、前回よりもさらにいいものにしようとメンバーも張り切っています」  ファンゲームには、月末に予定しているイベント――新作ゲームの試遊やグッズの物販をメインにしたゲームイベント――に参加してもらうことになっている。 「御社がイベントに初めて参加されるとあって、期待の声があがっていますよ」  手にしていたタブレットを中村さんへ向ける。『ファンゲームだ』『ここで買えるの?』『絶対行く』『○○のグッズかな』とSNS上に並ぶ言葉は好意的なものばかりだ。 「来週には詳細を発表しますから、ますます盛り上がるでしょうね」 「嬉しいですが、緊張もしますね。できるなら期待以上になりたいですし」  ファンゲームは五年前にアリゾナ州で設立された小さな会社だ。様々なゲームのオフィシャルグッズを企画・製作し、自社サイトのみで販売している。全行程を自社で行うため数量は少ないが、ゲームの世界を写し取った高いクオリティが評判を呼んでいる。 「木崎さんにもよろしくお伝えください」  この四月に日本支社ができるまで、ファンゲームとやり取りをしていたのは木崎だった。どうやって口説き落としたのかはわからないが、中村さんの声には信頼が滲み出ている。 「――引き続きよろしくお願いします」  グッズの製作状況や搬入スケジュールの確認を終え、席を立つ。出口へと向かいかけたとき、中村さんの頭上に吹き出しが浮かんだ。  ――今、聞いておこうかな。 「疑問点などありましたら、遠慮なく仰ってくださいね」  そう付け加えれば、中村さんは笑顔を保ったまま、視線だけを強める。 「では……今回のイベントですが、うちでなければならない理由は何かありますか」 「そうですね、まず」  笑顔を作り、予め用意していた言葉を口にする。精巧な造りや数量を絞った希少性。資料やネットから拾ったファンゲームを表す言葉を並べていく。 「そして、何より……」  中村さんが求める言葉を最後に持ってこようと、頭上へと視線を向ける。  ――誰に聞いても同じだな。  ――俺は誰が書いても同じものなんていらない。  瞬間、中村さんの浮かべた言葉が、木崎の言葉と重なった。間違えただろうか、と一瞬で膨らんだ不安に喉を圧迫される。すると 「気遣いですよね」  俺の言葉を引き継ぐように百瀬が言った。 「気遣いですか?」 「ええ、御社の商品すべてかはわかりませんが、中の部品にまで模様が入っていますよね」 「そうですが。解体されたのですか?」 「すみません。イベント内でおもちゃの修理スペースを設けることになったので、その勉強の一環で……。御社はきっと直すことを想定されていらっしゃいますよね。見えないところにまで気遣いを忘れないのは、永く使ってもらうためですよね。そういう姿勢を弊社も見習いたくて。なので、えっと、御社でなければならない理由は、そういう」  話すことに夢中だった百瀬が着地点を見失うと、中村さんが引き取る。 「ありがとうございます。御社が主催するイベントに参加できて光栄です」  頭上には『百瀬さんが担当でよかった』と浮かんでいた。
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