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「お待たせしました」
ゲームグッズ制作会社、ファンゲーム日本支社の応接室で、ポロシャツにチノパンというカジュアルな格好の男性――中村さんと向かい合う。年はあまり変わらないはずだが、肩書きは日本支社長だ。
「もうすぐですね」
事前に渡していた資料を手に取り、中村さんが声を弾ませる。
――楽しみだな。
期待が表情にも吹き出しにも表れている。
隣の百瀬も気合い十分で話し出す。
「ええ、前回よりもさらにいいものにしようとメンバーも張り切っています」
ファンゲームには、月末に予定しているイベント――新作ゲームの試遊やグッズの物販をメインにしたゲームイベント――に参加してもらうことになっている。
「御社がイベントに初めて参加されるとあって、期待の声があがっていますよ」
手にしていたタブレットを中村さんへ向ける。『ファンゲームだ』『ここで買えるの?』『絶対行く』『○○のグッズかな』とSNS上に並ぶ言葉は好意的なものばかりだ。
「来週には詳細を発表しますから、ますます盛り上がるでしょうね」
「嬉しいですが、緊張もしますね。できるなら期待以上になりたいですし」
ファンゲームは五年前にアリゾナ州で設立された小さな会社だ。様々なゲームのオフィシャルグッズを企画・製作し、自社サイトのみで販売している。全行程を自社で行うため数量は少ないが、ゲームの世界を写し取った高いクオリティが評判を呼んでいる。
「木崎さんにもよろしくお伝えください」
この四月に日本支社ができるまで、ファンゲームとやり取りをしていたのは木崎だった。どうやって口説き落としたのかはわからないが、中村さんの声には信頼が滲み出ている。
「――引き続きよろしくお願いします」
グッズの製作状況や搬入スケジュールの確認を終え、席を立つ。出口へと向かいかけたとき、中村さんの頭上に吹き出しが浮かんだ。
――今、聞いておこうかな。
「疑問点などありましたら、遠慮なく仰ってくださいね」
そう付け加えれば、中村さんは笑顔を保ったまま、視線だけを強める。
「では……今回のイベントですが、うちでなければならない理由は何かありますか」
「そうですね、まず」
笑顔を作り、予め用意していた言葉を口にする。精巧な造りや数量を絞った希少性。資料やネットから拾ったファンゲームを表す言葉を並べていく。
「そして、何より……」
中村さんが求める言葉を最後に持ってこようと、頭上へと視線を向ける。
――誰に聞いても同じだな。
――俺は誰が書いても同じものなんていらない。
瞬間、中村さんの浮かべた言葉が、木崎の言葉と重なった。間違えただろうか、と一瞬で膨らんだ不安に喉を圧迫される。すると
「気遣いですよね」
俺の言葉を引き継ぐように百瀬が言った。
「気遣いですか?」
「ええ、御社の商品すべてかはわかりませんが、中の部品にまで模様が入っていますよね」
「そうですが。解体されたのですか?」
「すみません。イベント内でおもちゃの修理スペースを設けることになったので、その勉強の一環で……。御社はきっと直すことを想定されていらっしゃいますよね。見えないところにまで気遣いを忘れないのは、永く使ってもらうためですよね。そういう姿勢を弊社も見習いたくて。なので、えっと、御社でなければならない理由は、そういう」
話すことに夢中だった百瀬が着地点を見失うと、中村さんが引き取る。
「ありがとうございます。御社が主催するイベントに参加できて光栄です」
頭上には『百瀬さんが担当でよかった』と浮かんでいた。
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