リリアは恋に生きます

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「リリア様!暗くなる前に移動しましょう。さあこちらです」 「ありがとうございます。それと、どうかご友人に接されるように私にも気楽に接していただければと思います。リリアとお呼びください」 「え!?いや……それは不相応な気が」 「だめでしょうか?もう私には親しい者はおりませんので、親切にしていただいたルジェ様と友人になれたらと思ったのですが……」 本でよく読むことがある身分に拘らない友人という存在にリリアは強く憧れていた。マグノア家の使用人もリリアには良くしてくれて想ってくれているのは理解しているが、やはりどうしても仕える家の令嬢という立場がついてくる。 目的が順調に達成していることに気を良くするあまり、会ったばかりの相手に対して踏み込みすぎたかとリリアが落ち込めば、ルジェはぎょっとした顔をして、迷う素振りを見せたあと諦めたようにわかったと頷く。 「そうしようリリア。俺のこともルジェと呼んでくれ。君は淑やかに見えて意外と積極的なんだな」 接し方を崩したことによって距離感も縮まったのか、ルジェの態度は最初よりも砕けている。 家族以外では婚約者以外に親しく呼ぶことがなかった名前を呼ばれたことに、リリアの胸は感激でじんわりと熱くなる。 (ああ、あの方に出会ってから私の心は満たされてばかりだわ) もしヴァルフ辺境伯と王都で開催された祝祭パーティーで出会っていなければ、リリアは伯爵令嬢としての人生を順当に歩んで婚約者と結婚して家を出ることもなかった。旅路で経験した出来事も得ることもなかった。 そしてルジェのように親切な友人と出会うこともなかったかと思うと、ヴァルフ辺境伯との出逢いに深く感謝する。 停車していた辻馬車で移動することになったリリアは座席に座ると、対面にルジェが座っていることに関わらず思わずふうっと息を吐いてしまった。気丈に振る舞っていたつもりだが、やはりリリアが思うより疲労が溜まっているようだ。 淑女らしく人前では笑みを絶やさず疲労を顔に出すな。徹底的に教育され、社交界では常にそうありつづけたが、体が意思とは反してくる。スカートで隠れている脚はぷるぷると震えて隠しきれない疲労を訴えている。だが、そんな疲労もリリアは心地よいとさえ感じていた。 (あの突き刺さるような大衆の視線がないからかしら) 幼い頃に婚約したセライラ王国の王太子の婚約者としての立場もあり、リリアは常に社交界で注目の的だった。一挙手一投足≪いっきょしゅいっとうそく≫に視線が刺さり、周囲の評価が付き纏う。 もしその視線が今ここにあったのであれば、疲労を表したリリアを未熟だと冷たく下げ落としただろう。だが、今この場にはない。 常に重くのしかかっていた重がないような解放感と新鮮さに思わずクスリと笑みを零す。 「疲れているだろうに、楽しそうだなリリアは。長旅は初めてではないのか?」 初めての経験で満足気な子供を見つめるような穏やかな顔をしてリリアを見つめるルジェの瞳の温かさに少し気恥ずかしくなりながら、リリアは首を振る。 「こんなに遠いところまで来たのは初めてですわ。でもすごく楽しいです。この座席の感触も、額の汗を拭う気力さえない疲労も、どれも良いものですね」 大衆向けの辻馬車と伯爵家の馬車は比較にするものでもないが、常に柔らかなクッションで覆われていた座席は硬い木材の感触に変わり、馬車の振動を大きく体に伝えてくる。それでもそんな感触すら愛おしいと思える。 さらりと掌で撫でた座席のざらりとした感触にリリアは楽しく笑う。そんなリリアの様子に顔を赤くしたルジェは見とれていたが、はっと我に返り顔を逸らす。 拷問にでも耐えるように大きな体を縮ませるルジェのことには気づかずに、リリアは車窓から見える景色に目を奪われ続けた。
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