4人が本棚に入れています
本棚に追加
「ありがとうございます。嬉しいですわ。もし良ければお名前をお聞かせ頂けますか?私はリリアと申します」
「リリア……」
噛みしめるように呟く男性は惚けたような顔をしてそのまま黙り込んでしまう。リリアは暫し待つが、反応がない男性に爪先で足を立て腕を伸ばすと、男性の顔の前に手をかざして軽く振る。するとはっと我に返った男性は驚いたように謝ってきた。
「とても綺麗な名前に驚いてしまって……本当に申し訳ないです。えっと、あの、宿と仕事をお探しでしたよね。それなら心当たりがありますが……失礼ながらリリア様はそのような事情とは縁のない身の上のようにお見受けいたします。何か事情があるようでしたらお聞かせ頂けますか?」
視線を逸らしたまま続いて男性は、ルジェと名前を名乗り、やはりリリアが予想していた通り辺境伯の騎士団に勤めているとのことだった。そのため治安維持の為にも平民に思えないリリアが宿と仕事を探す事情を把握したいとのことだった。
見事に平民になりきったつもりだったリリアはすぐに自身の身の上を見抜かれたことに落ち込む。すると、ルジェは自身の物言いがリリアを傷つけたと誤解したのか慌てた様子で謝罪する。
「責めているわけではありません!ただもしリリア様に何かお困りごとあるのであれば力になれればと……」
「ありがとうございますルジェ様。実は私にはもう帰る場所がないのです。故郷は遠く、このチェスタの評判を聞いて移住できないかと考えています。どうかお力添えをお願いできますか?」
詳細を伏せて明かせる範囲で事情を説明し、リリアは期待を込めた眼差しをルジェに向ける。一瞬真剣な顔をしてリリアを見たルジェだったが、さっと顔を逸らしてしまう。
(お屋敷に務めるまでは無理でも、あのお方の領民として生きていきたい)
通常、貴族の屋敷に務めるには信用の置ける筋からの紹介状が必要だ。無断で家を出たリリアに紹介状があるわけはなく、身分を明かせない身の上では利用できる権力もない。
ルジェは赤らんだ顔を濃くさせると、こくこくと頷く。そのまま大きく息を吸うように胸を喘がせたと思うと、リリアの方を振り返った。
最初のコメントを投稿しよう!