空席のとなり

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「警察官になった事が哀しい思い出だと言うなら、私に会いに来て良かったんですか?」 ぽつぽつと真実を語ってくれた辰実に対し、梓が感じた疑問。他人に仕組まれた人生の上にいる事が嫌だと言うなら、警察官として関わってきた事を嫌がるとも考えられる。辰実の縁の物語に関わってしまった梓も例外ではない。 「…どうやら、嫌な思い出だけじゃなかったらしい。」 「それが聞けて良かったです。」 コークハイをジョッキ2杯分で、焼き鯖を1切れ食べ終える。何もかもが嫌な思い出だと文句を言うより、そんな事もあったと言いながら新しい席に逃げ込んだ方が遥かにマシだろう。空席の隣も今や空席になっているのに、そんな場所の事を考えるのは馬鹿らしい。 人の事を考え過ぎる男が、最後に自分のエゴを取った結果を梓は素直に喜んだ。無論、エゴと言うよりはこれは言葉を飾る事だろう。 「馬場ちゃん、話は変わるんだがもう1人来る。」 「さっき言ってた友達ですか?」 「その通り。」 「友達と言うよりは悪友が正しいと思いますよ、ソレ。」 だな、と笑った所で辰実の携帯電話が振動する。右手で「失礼」とサインして、3コールで電話に出た。基本的にぶっきらぼうな様子なので電話の内容が良い話か悪い話か梓には分からない。 100数えるくらいの時間で、電話は終わった。 「何かあったんですか?」 「仕事の電話だ、良い話では無かった…な」 場違いな話を嫌がるように、3杯目もコークハイを辰実は注文する。準備をしようとウイスキーの瓶を手に取った所で、梓よりもこの店に馴染んでいる入口の引き戸がガラガラと音を立てた。入ってきたのが誰かも分からないが「いらっしゃいませー」と言ったのは反射に近い。 「すまねぇ黒沢、遅くなっちまった。」 「先に何杯かやらせてもらってるよ。」 短い金髪刈上げで、刈っている部分は黒い。辰実よりも1回り背が高く筋肉質な男はスーツが良く似合っていた。ネクタイを締めていない所を見ると、大人しいようには見えない。 「姉ちゃん、ハイボールだ。それと鶏むね肉の塩麹焼き、唐揚げと牛スジの煮込みも。あと豚バラの串焼きを優先で持ってきてくれ。」 「はいはーい」 手際よく梓は準備を始めた。ジョッキに氷とウイスキー、そこから炭酸水を注いでカウンターに出す。次に串に刺さったセンチ単位の厚切り肉と塩麹に漬けていた鶏むね肉をグリルに入れ、フライヤーに衣をつけた大粒の鶏肉を投げ込んだ。続いて小鉢に分けラップしていた牛スジの煮込みをレンジに入れるまでが気づいたら終わっているくらい。
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