残り香

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 そのあと、私たち女子グループは十人ほどのメンバーから離脱し、女子だけで過ごすようになった。  高沢とは同じ学科なので、すれ違う事もある。けど、お互い話さなかったし目も合わさなかった。  どれだけ忌避しているものがあっても、触れず、見ずにいれば少しずつ心の傷は癒えていく。  友達に癒され、勉強もそこそこ頑張ってバイトに明け暮れているうちに、私たちは二年生になり、三年生になってゼミに入った。  その間にバイト先の先輩と付き合ったけれど、卒業する頃には別れて二度と会う事はなかった。 **  卒業後、私は食品会社に勤務し、友達の紹介で付き合ったシンジと婚約した。  その頃には、彼がつけていた香水が世の女性から憧れられる、高級香水だという事を理解していた。  大人になるにつれ、あの女の財力を思いだし、苦々しい気持ちになる。  同時に、ママ活をしなければ生きられなかった高沢に、少しずつ同情的な気持ちにもなった。  単純にお金がほしかったのか、やむにやまれない事情があったのかは分からない。  ただ、お金がほしかっただけなら、彼はもっと派手な生活を送っていたのではないだろうか。  あの部屋にあった本は、ほとんどが中古で買った、人からもらった物だと言っていた。  部屋を綺麗に整える豊かさはあったけれど、ギラギラとした派手さはなかった。だから私は彼に惹かれたのだ。  シンジはどちらかといえば地味で大人しいタイプだ。無言になっても苦痛でない人で、とても穏やかに笑う人。  好きになるタイプは、昔から変わっていないのかもしれない。  二十六歳になった今も、鮮烈すぎる思い出としてたまに高沢の事を思いだす。  前髪の奥に隠していたあの目は、ファッションもあったのだろうけれど、もしかしたら人目から逃れたい意味もあったのではないだろうか。  ハルは大学時代に強姦され、そのあと服装やメイクがとても派手になった。 「強く見える服装をしていたら、声を掛けられなくなる」との事だ。  確かに、金髪やピンク髪の人が電車にいたら、隣の席が空いていても一瞬ためらってしまう。 「見た目で人を判断してはいけません」という言葉があるが、見た目はある程度その人の内面を表しているのかもしれない。  女らしく見られたい人、頓着しない人、凡庸に周囲に溶け込みたい人、流行を追う人、男ウケなんて気にせず自分の好きな格好をする人。  通勤する電車の中で、様々な人を見てはその背景を想像してみる事がある。  けど、そういう時に思いだす。 『勝手に期待して、勝手に幻滅するなよ』  あの時は裏切られた怒りのほうが強かったけれど、冷静になれたあとよく考えれば、私にも非はあった。  確かに、真剣に高沢を知ろうとせず、自分のいいように解釈して恋をし、事実を聞かされて勝手に幻滅した。  だからこそ、シンジとは色んな事を沢山話した。  多少理屈っぽい所はあるものの、きちんと話し合える人だから、私は彼を選んだ。 「新居に何か観葉植物を置こうか。グリーンって気持ちをリラックスさせる効果があるんだって」  お互い一人暮らしのアパートだったので、同棲するにいたって二人用の物件を探し、引っ越す事になった。  家具などを探している時に、シンジがそう言ってホームセンターのガーデニングコーナーへ歩いていく。  様々な姿の植物の中に、ベンジャミンがあった。  二つの細い幹が絡み、ねじれているその姿を見て、あの部屋で暮らしていた高沢を思いだす。  まだ彼と行動を共にしていた時、こんな事を言っていた。 『タイやネパール、インドではベンジャミンを聖なる木として扱って、寺院に植えているらしいんだ。こんな小さな鉢に収まらず、大地に根付いて大きく葉を茂らせているんだ。この木をくれた人は、花言葉の〝家族愛、夫婦愛〟にあやかれるように、って言っていたけど……』  多分、彼にベンジャミンを送ったのはあの女だろう。  自分たち二人の仲に対しての〝愛〟だったのか、私の知らない高沢の背景を慮ったのかは分からないままだ。  それ以上に、彼が呟いた言葉の意味が今なら分かる。 『いつかこの木を、鉢から出して庭に埋めてやりたい。正直、どうでもいいと思って置いてるけど、水をやってたら愛着が湧いた。のびのびと根を張れる環境のほうが、こいつも嬉しいだろうし、人によってねじられる事もない。知ってる? もともと自然のベンジャミンは、幹がねじれていないんだ』  きっと、高沢は自分の姿をあの木に重ねていたのかもしれない。  パッと見、幸せの象徴のように思え、その実、人の手が沢山入った存在。  彼はもう、自由になれたのだろうか。  もうあの時の心の傷が厚いかさぶたに覆われた今だからこそ願う。  ――彼が幸せでありますように。  完
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