残り香

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「かき氷食いたくない?」 「あ、食べたい。大きくてフワフワのやつ」  彼の家に着くまで、ブラブラ歩きながらたわいのない話をする。 「今度行くか」 「行く!」 〝次〟の約束があるのが嬉しくて堪らない。  同時に、彼とかき氷を食べた女性がいるのか考えると、夏場の灼熱のアスファルトに負けないほどの熱が胸の奥に宿る。 (私、あなたの彼女になりたいんだよ)  道路の上に伸びる二人の影を見ながら、私は賢吾くんに心の中で訴えた。  賢吾くんの家はきれいめのマンションの五階にあった。  大学生の一人暮らしにしては立派な物件で、1LDKの間取りだ。  部屋の中は彼のイメージ通りシンプルながら清潔感がある。木目調のフローリングに黒い二人掛けのソファ。ソファにはクッションが二つあり、ストライプとグレーの配色がまるで雑誌の中にある部屋みたいだ。  カーテンもグレーで、窓際に背の高い観葉植物が置かれてある。 「あの木、何?」 「ベンジャミン。人にもらったんだ」 「そうなんだ」  幹がねじれていて、クニュリと曲がった葉が可愛らしい。私もいつか一人暮らしをするようになったら、この木を買おうと密かに想った。  他にも室内には液晶テレビやオーディオ機器が揃い、壁際には本棚がある。棚には彼の愛読書がぎっしりと詰まっていた。  キッチンは片付いていて、料理をするのか器具なども揃っている。 (私も料理できるようにならないと)  賢吾くんは料理ができるのに、女の私ができないなんて……という焦りが生まれた。  奥の部屋を見ると、クローゼットと本棚、ベッドがある。  黒いフレームベッドはやはりグレーのベッドカバーが掛かっていて、生活感のある布団の皺を見て胸がざわめいた。 (あそこで毎日寝起きしてるんだ)  そしてこれから、私もあそこに寝るのかもしれない。 「き、綺麗に片付いてるね」  ベッドをジロジロ見ていると思われたくなく、私は焦って話題を探す。 「掃除しないと、親に怒られてたから」 「そうなんだ。私も怒られる」  二つ上の賢吾くんも、私と同じように子供時代があり、ちょっとした事で説教を食らっていたのかと思うと、何だかニヤニヤしてしまう。 「座ったら?」 「う、うん」  促され、私は黒いソファに腰かける。すると賢吾くんも隣に腰かけ、一気に全身が熱くなった。 「えっと……、お茶」  ペットボトルのキャップを捻り、何口か飲んだ頃合いで、賢吾くんが私の手からペットボトルをそっと取り上げ、テーブルの上に置いた。  無言で瞠目した私の前で、彼が「分かってて来たんだよな?」という顔で微笑む。  前髪に隠れたその目に見つめられたら、もう抗う事はできなかった。  二人でバスルームに行き、シャワーを浴びる。  太ってはいないけど適度に贅肉がついているので恥ずかしく、手で体を隠していたけれど、「綺麗じゃん」と言われて何とも言えない多幸感に包まれた。  凡庸で、秀でたところはないと思っていた自分が、とても特別な存在になれたと感じられた。  シャワーを浴びながら何度もキスをして、お互いの体を撫で合う。恥ずかしくて彼の男性器をまともに見られなかったけど、握らされたそれは硬くなっていた。  初めて触れた男性器は芯があるのにしなやかに硬く、なんとも言えない感触だった。  バスルームから出たあと、私たちは一糸まとわぬ姿でベッドに向かう。  またキスをされて、体中、色んなところに口づけられた。胸を揉まれて吸われたけれど、くすぐったくて恥ずかしいだけで、あまり気持ちいいとは思えなかった。  なのに賢吾くんに触られるだけで変な声が出て、自分がまるで別の生き物になったように感じられる。  体内に指を入れられた時も、舐められた時も、やっぱり気持ちいいとは思えなかった。  賢吾くんの痩せて引き締まった体は綺麗だった。  けど、色白の体には点々と痣があった。 (虐待でも受けてたのかな)  そんな人は回りにいなかったため、ついそんな心配をしてしまった。彼が両親から暴力をふるわれていたなら、こうして一人暮らしをしているのも、二浪したのも、すべて腑に落ちる。  どういう理由があって今の賢吾くんがあるのかは想像するしかない。  けど、私だけが彼の秘密を知ったのだと思うと、それが虐待を受けたという暗い過去であっても、胸の奥に優越感とも何とも言えない感情がこみ上げた。
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