セイレナの願い謡

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 太陽が沈むころ、漁に出ていた船が港に帰ってきました。  漁を終えた青年が、海辺の小さな木の家のドアを開けます。 「ただいま、エレナ。今日もたくさん獲れたよ。野菜と交換もしてもらえた。ほら!」  漁師の青年、ヒューゴが、手にした魚と野菜を持ち上げて、妹のエレナに見せました。 「…………お、かえり。よかった。疲れたでしょう? ……ご飯の準備、できてるよ」  エレナがヒューゴから魚と野菜を受け取って、微笑みました。    ヒューゴとエレナの兄妹は、両親を亡くしており、二人暮らしをしていました。エレナには、話すときに最初の言葉を出しにくい特性があり、家族以外とはあまり話をすることがありませんでした。しかし、村人たちはエレナの特性を理解しており、彼女に対して温かく接していました。エレナもまた、村人たちに感謝の気持ちを持っており、関係は良好でした。  話すことに苦労しているエレナですが、歌うことは大好きでした。  エレナの家には古くから伝わる願い(うた)があり、エレナは海の安全を祈りながら願い(うた)を海へ向けて歌っていました。不思議なことに、歌っているときは言葉を出しにくい特性が出ないのです。  エレナの亡き両親が北国の生まれだったため、エレナの容姿は他の村人と異なっていました。村人は日に焼けた肌に茶色の瞳でしたが、エレナは透き通るような白い肌に緑色の瞳でした。そして金色の長い髪をなびかせながら歌う様子を見たものは誰もが、女神のような姿に目を奪われました。  願い(うた)の歌詞は、エレナの両親の故郷の言葉が元になっていて、村人には意味が分かりません。しかし神秘的なメロディーとエレナの声に皆、無意識に聞きほれてしまうのです。
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