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「近頃、いつもの場所じゃあ魚が獲れなくなってきてるんだ。だから、今日は少し遠くの海に出ようと思ってる。帰りが遅くなるかもしれないけど、心配するな」
ある朝、ヒューゴがエレナに言いました。
不安そうな顔をするエレナに、ヒューゴは心配させまいと妹の頭を優しくなでました。
「大丈夫だから」
明るく笑うヒューゴの言葉に、エレナはこくんとうなずきました。
夕方、晩ご飯の準備をしていると窓が風でカタカタと音をたてました。エレナが外に出て空を見上げると、黒い雲が立ち込めています。ポツポツと雨粒が肌にふれ、今にも大雨が降ってきそうです。風も強くなってきました。嫌な予感がしたエレナは、その予感を打ち消すように、海へ向けて兄の身を案じながら願い謡を歌いました。この声が兄に届きますように。この声が雨風を吹き飛ばしますようにと。
しかし、雨も風もひどくなる一方です。それでもエレナは歌い続けました。
そんなエレナの様子を見かけた人がいました。近所で食堂を営んでいるジルという女性です。エレナは、昼間だけ営業している彼女の食堂の厨房で働いていました。ジルは、エレナが唯一、家族以外で言葉を交わす人でした。
雨に濡れるエレナの元へジルは駆け寄り、家に連れ戻しました。
一晩中、ジルはエレナと一緒にヒューゴの帰りを待ち続けましたが、翌朝になってもヒューゴは家に帰ってきませんでした。
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