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どうやらエメ・ウィリアムと仕事との縁は何の因果か前世から切っても切れないようだ。
いつも立って店番をしている自宅の店内とは違う白い壁の大広間に通され彼女は今、困惑していた。
「お願い!ティアラを・・、このティアラを直してちょうだい!」
城の妃がエメに切に頼みこむ。
そんな事「分かりました」と安請け合いをする度胸はいくら街一番の人気宝石店の看板娘に言われてもあるはずがない。
何せ商品は宝石だもの。
上客にお安くしておきましたからご贔屓にという客とは相手がまた違う。
もし今エメが前世の宝石店勤務のOLだったら頼み事をする時はワンクッションを置いてほしいものだと思っていりかもしれないが。
城の妃のお願いは命令に値するものだ。
一体なんで私がこんな目に合わなければいけないのだろう。
今の昼の時間なら目の前の食堂や店先でランチを取る紳士やマダム達を窓越しに見ながら午後の客入りを想定しガラスケースを拭いている時間帯だ。
どうしたらいいのか分からないでソファで固まっていると妃の側近であろう初老な紳士が「まずは事情をお話しなさった方が」と妃に耳打ちすると妃は「そうね」と気づいて謝った。
事の起こりは王と妃の一人娘、アニエフスカ姫の結婚式についてだった。
隣国の栄えた国の王子と姫との縁談ははじめはどうなることやらと思えたが円満にまとまった。
国を上げての姫を見送るための祝い事にドレスの仕立てや婚礼の準備が進行するなか事件は起こった。
宝物庫に眠るティアラの破損・・・いや、誰かに明らかに取られた様にシルバーの台座の真ん中にはめられた大きな青い宝石が見事に無くなっていたのだ。
「姫も私達もドレスばかり楽しみにしていたから」
円満な縁談とはいえ隣国に嫁ぐ姫に不安がない訳ではない。
現代でいえばマリッジブルーになったのか妃にお母様の結婚式はどうだったの?と相談を持ちかけられたそうだ。
式の時に描いてもらった肖像画を姫に見せ自分の頃はと若き日の当時の思い出を語った時、姫は描かれている花嫁姿の妃の姿を「お母様、素敵・・・。
ドレスもだけど、ティアラも素敵だわ」と目を細めた。
そんな彼女を見て妃はそれを姫のお祝いと慰めにと引き継がせプレゼントをしようと考えた。
「いいの?ありがとうお母様!」
自分の結婚式に一度使われたティアラがこうして再び日の目を見る事になんて思わなかった妃は
「年代物よ」
と忠告した。
年頃の姫にお古は嫌がられると思ったが
「お母様のティアラでしょう。私が似合わないわけないわ」
と自分の若い頃に瓜二つの姫に言われ
「それもそうね」と娘に微笑んだ。
「それで今、ティアラはどこにあるの?」
早く試着したい姫の頼みに応えるため、妃は宝物庫から執事に頼み宝物庫の門番に扉を開けさせてみると、見つかったダイヤを纏う銀細工のティアラの真ん中に大粒の青い宝石が組み込まれる様に作らせたその石が台座から綺麗に無くなっていた。
急な事態にこれには妃も落ち込んだが、すぐ宝石の捜査を城の中や街におふれを出し必死に探した。
しかし、捜査の成果は進展がなく虚しく式の日は縮まってゆく。
試着を今かと待つ姫には「ティアラに傷みがあるから一旦修理に出すわね」と言い聞かせた。
マリッジブルーになりかけた姫の不安を増やしたくないが為の時間稼ぎだ。
ドレスは仕立て中の兼ね合いもあり姫は試着が待ちきれない様子だったが仕方ない。
見つからなければ城で新しい石を手に入れるまでだ。
そうして今、妃の前に連れて来られたのが街一番の宝石店の娘エメになる。
そう、宝石の知識が豊富で鑑定の知識がある彼女の助けが必要なのだ。
さらにこの無くなった青い宝石にはこだわりがあったらしい。
そもそもこの件のティアラは妃が近国からこの国に嫁いだ際に妃の母と王の母が一緒になってデザインを考え職人に作らせた物らしい。
真ん中の宝石はひときわ目立たせたいわと案を出したのは王の母で妃の母もそれに賛成した。
しかし、それを知るのは職人と王と妃の母親だけだ。
それから今まで数十年時が経ち、職人も母親達はご逝去されこのティアラは妃に渡ったまま結婚式依頼宝物庫で眠っていた。
無論、妃には「ダイヤで作ったティアラよ」「真ん中の宝石は特別にこだわったわ」としか伝わされておらず確かに周りには小粒のダイヤがふんだんに使われているが真ん中の宝石の種類までは彼女は知らない。
(成る程。それで私が呼ばれたのね)
急な事態にエメは困惑したが鑑定の知識なら私にはある。
「だからお願い。肖像画を元にあなたには同じ宝石を探してティアラの修理をお願いしたいの」
娘を想い、プレゼントをしたい母親の気持ちは時代は違えど万国共通だ。
宝石店を一緒に商う母が付けた名前はエメラルドの宝石から取られてエメになった。
異世界に転生し一番最初にもらったのはこの名前だ。
しかし、今エメは緊張が解けず上手く話ができないでいた。
なかなか反応を示さない彼女に妃は
もちろん、店にない宝石ならば取り寄せる為の資金はこちらで用意してるわ。
褒美はこれくらいでいいかしらと妃の隣にいる執事がもう一店舗店が作れる分の依頼証に書かれた見積もりを見せられその金額に驚く。
これにはエメも「はい」とすぐ返事をした。
転生して店以外の、しかも城からの仕事にエメの胸は不覚にも楽しそうと高鳴ったがすぐに思い直す。
(いや、これは違うわ。これはあくまで報酬に釣られての意味よ)
きっと店の工房で宝石を作っている父も、原石の買い付けや帳簿を付ける母親もこの仕事を成功させ家に戻ったら褒めてくれるであろう。
エメが依頼を受けたので妃はやっと安堵した様子でソファの背もたれに身体を預けた。
「よかった。安心したわ」
と一息吐き、若くしてモルクルが似合う執事にお茶を注がせる。
「あなた以外の評判を私が知らなかったから断られたらどうしようかと思ったのよ」
「いえ、そんな・・・」
エメは一生懸命笑顔を作ったが妃の手前、それが精一杯だった。
「急に城に呼んで悪かったわ」
と妃はエメを労う。
いつもの開店準備中に、城から使いが来た時は家族で驚いたが住み込みでエメに城から仕事をお願いしたいと伝えられ、命令ならばと急いで着替えや仕事道具をまとめ家を出発したのは今朝の出来事だ。
親達だけで上手く店はまわせてるだろうかと妃に勧められるがまま緊張で味が分からぬままお茶を一口飲む。
交渉が済んだからか、エメに緊張を見て取れたのか。妃は彼女にいろんな事を聞き話をした。
庶民の商人の娘だが、姫と近い事もあるのでこの年頃の娘と話したい気持ちがあるらしい。
質問されるがまま言葉に配慮しながら受け答えする途中、妃に側近から次の予定があるので移動が必要と促される。
そのまま商談はお開きになりそうだった。
しかし、去り際の扉の前で妃は思い出したかのように
「ここで泊まり込みで仕事するならあなたに使いを付けなければいけないわ」
と言われ、遠慮しようとする間もなく妃は
「そうね、グレイ。あなたが付く事になさい」と先程のモルクルの若い執事を任命され彼は分かりましたとばかり妃に一礼し、エメにお辞儀をした。
(う・・嘘でしょ?)
突然の妃の配慮にエメは嬉しくも困惑した。
付き人になった執事の、どこか冷たそうな視線にたじろぐが、妃と側近が出ていくと彼は
「ウィリアム様、荷物をお運びいたします」と言うとソファの側にあるトランクを彼女の返事を待たずに手に持ち、エメの客間に行くためついて来るようにと前を歩いて行ってしまったのだった。
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