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城とグレイとの別れは以外とあっさりしたものだった。
馬車で店の前まで送ってもらい
「お元気で」と彼は礼をし自分を見送った。
家族は久しぶりの娘の帰還と褒美に喜んだが、なんだかやりきれなさを感じながら翌日からまた店頭に立った。
ケースを拭きながら思い出すのは彼の冷たい声や時折り見せるイタズラっぽい表情ばかりが思い浮かびため息が出た。
どうも最近、気分が優れない。
休憩中、裏口から出て散歩でもしようと家を出ようとした矢先、店の前に馬車が止まる音が聞こえた。
(せっかく気分転換しようと思ったのに)
父や母が店には残っているがわざわざ遠方から来た客を迎えない訳はいかない。
すぐ様店内に戻ると母はバタバタしながら店先に降り立つお客を店に通す。
その相手を見て驚いた。
グレイだ。
「グレイさん、何故また急に家に?まさかまた仕事ですか」との問いに
「当たらずとも遠からずですが」
と彼は答えた。
「エメ・ウィリアム様にお願いが3つ依頼があって来ました。
率直に申し上げますとあなたに王室の宝石商として雇いたいと妃からお願いがありました」
「え」
本当なら大出世だ。
どうしようと迷ってるが隣にいた両親は大喜びだ。
「それともう2つお願いがあります」
と彼は勿体ぶるように言う。
「ルビーを買い付けたいのです。明るい桃色のルビーでおすすめな物をあなた好みに加工して指輪にして欲しいのです」
と何故か彼は緊張したように上擦った声で頼んできた。
なんと羨ましい依頼だろう。
「お妃様からの依頼ですか」と尋ねると彼も側にいた両親もため息をついた。
「アンタねぇ」と母に言われたが意味が分からず困惑していると父はまあまあと母を宥め裏に2人で戻ってしまった。
「私、何か可笑しな事を聞きましたか?」
とグレイ様に問う。
「依頼主は私ですよ・・・。あなたさえ嫌じゃなければ機会があれば指輪の一つは渡したいと思っていましたが」
と言われまさかの展開に顔が薔薇色になる。
「あれから私も褒美をもらった訳で貴方に礼くらいはできるようになりましたよ」
と素直に言葉にしないとこがイジワルだが今はそのやり取りに乗る事にした。
「グレイ様、3つ目のお願いを教えてくださいな」
と彼からの言葉をねだると彼はやっと素直に
「エメ様、私と結婚して下さい」とプロポーズをしたのだった。
城での仕事は行事尽くしだ。
執事長なら尚更で、今は王の生誕を祝う為準備をしている。
自身にとって毎年の事ではあるが、新たに城で雇われた「彼女」は余りにも1人で初めての行事の仕事を体験した為
今頃自分の淹れる紅茶やスコーンを心待ちにしているに違いない。
ふと自分の手袋の下をなぞるとそこには確かに銀の指輪の感触があった。
昼はお互い妻とは離れて仕事をしている為
「彼女」がデザインした裏にルビーを埋め込んだシルバーの指輪が自分達を繋いでる物と感じる。
部下達に君達も休憩するようにと伝え昼下がりの
「彼女」の仕事場に台車を持って向かう。
「仕事のしすぎですよ。どうですか進捗は?」
と、手袋の上で一輪の薔薇に桃色の水滴のデザインの指輪をした「彼女」に問う。
テーブルの上には様々な宝石が置かれデザイン画を元に彼女はここにはこれ?いや、これ?と自分には分からないが恐らくはどの宝石を使うかを必死に選んでいた。
「これはまだ時間がかかりそうですね」
と一緒になってテーブルを覗く。
「あ、グレイさん!待ってください。あと一箇所宝石を選んだら休憩しますから」
と彼女は言うがそう言って以前、何分待たされたであろう。
先にお茶を淹れ
「冷める前に飲みなさい」
と強制的に「彼女」、もとい妻であるエメに言うことを聞かす。
渋々分かりましたと彼女は紅茶とクッキーを喜んで頂く。
(まったく、実に手が掛かる妻だ)
美味しい、グレイさんもどうですかと自分のカップをエメはグレイに渡す。
「はしたないからやめなさい」と彼女の親切に遠慮すると
「ええ・・!これからはお茶の量は減らそうと思ったからグレイさんと昼休みの時間を楽しく過ごしたかったのに」
としょんぼりされた。
一体なんのつもりなんだ。
「お茶なら君はいつも飲んでいるでしょう。減らすならお茶よりお菓子でしょう」
と叱ると
「・・・それは・・、そうなんですけど。
一日も3、4杯は多すぎるから控えるようにって先生が・・・」
とゴニョゴニョ彼女は言い訳を濁す。
一体何なんだ
(先生と言った?なんの先生か。
カフェインならコーヒーよりも少ないし1、2杯なら妊婦に問題はない・・・)
「!」
自分が言いたい事が自分に伝わったのが分かったのか彼女は赤面して俯いてる。
彼女は身籠ったのだ!
信じられない事態にただ、彼女を抱きしめると腕の中で彼女は微笑んだ。
今、新しい宝物がゆりかごの中で眠っている。
女の子だ。
この子は将来どんな光を掴むのだろう。
その指には母から送られた可愛らしいリングがはめられている。
それはただスヤスヤ眠る持ち主を見守る様にキラキラ輝いていたのだった。
【完】
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