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グレイは憔悴し、指輪の事はどうでも良くなった。
代金は後払いにしていたため指輪が完成し1週間はとっくに過ぎたため取りにいかないにしろ代金は小切手でも支払わなければならない。
普段はマメだがこの時だけはグレイは嫌々ながら筆を握り、事情を手紙に書き店に連絡を取り小切手を送ったが、事情を知った店側はあろう事か小切手を送り返して来た。
グレイの金銭的な蓄えのダメージには幾分か慰めになったが、いくら同情してもらったとはいえ店の売りあげが1つ無くなった事で人気店とはいえ悪い事をした気がした。
2回目にその宝石屋に来店したのは罪悪感からだ。
なにか1つくらいは商品を購入しようと思ったのだ。
重い足取りで扉を開けるとそこには先日の売り子がいた。
「まあジェイムズ様お久しぶりです。
小切手をお返ししたのですがそちらは届いておりますか?」
と何事もなかったかの様に彼女は今日は何かお探しですかと尋ねる。
「いや、小切手は頂いて欲しかったがお返し頂いたからせめて買い物をしようかと来た次第で・・・」
と言うと
「よしてください」と売り子は笑った。
そして彼女はグレイに見てほしい物があると言ってあるガラスケースを指を差した。
「こちらが以前ジェイムズ様にご購入頂いて作った指輪です」
そう言われ初めてそこで完成した指輪を見る。
やはり初めて見本を見た時と同様可憐な美しさがある。
「ジェイムズ様が商品の受け取りはしないとの事でしたので私達も代金は頂かないにしてもこちらの完成した指輪をどう扱おうかと話していたのです」
「すまない」
と彼女に謝ると咳払いをし彼女は話を続けた。
「しかし、この様な事は商売をしているとごく稀にあるのです」
「そうなのか!?」
指輪を買ってプロポーズに失敗した男性がいるとは思ったが、自分も合わせ現実にあった話に驚きを隠せないでいた。
「ジェイムズ様、本当にこちらご購入はされないんですよね」
やはり感じが悪かっただろうかと罪悪感が芽生えたがセリーナに振られた以上指輪を引き取る事は考えられず静かに頷いた。
すると彼女にため息をつかれると思ったが返ってきたのは
「よかった〜」という安堵の声だった。
聞き間違いかと思ったが彼女は尚話を続ける。
「実はこのスミレモチーフのイニシャル入りの見本の数を増やそうかしらと親に頼んでも作ってくれないんです。
ジェイムズ様にに見せた物も入れてない見本も、あれしかご用意できなかったのですがやはり現物があった方が店側としてもイメージをお伝えする事ができますもの。
助かります」
と言われ拍子抜けした。
「ジェイムズ様がよろしければぜひこの指輪を店としても見本にしたいのですがどうでしょう」
と彼女に前のめりで尋ねられ、これには
「構わない」
とせっかく作って貰った指輪が見本になるのは癪だが勝手を言い代金を返してもらっている以上、反発する失礼な客にはなりたくなかったため売り子の要望を飲んだ。
すると彼女の顔が緩んだのが見えた。
交渉上手な子だ。
「ほかにもこういった理由で見本になった物はあるのか?」
と何気なく聞いたが
「ありますよ。こちらやあちらもそうですね」
と次々彼女がガラスケースを指差すのを見て居た堪れない感情になりため息がつく。
そんな彼を見て、ふと彼女は一息つき思い出した様に話した。
「確かに同じ様な理由で指輪を受け取りに来ないお客様もいますが数年後また婚約指輪を買いに訪れる方はいらっしゃいますよ」
と以外な事が聞けた。
実に男どもは懲りない。
いや、希望が持てる話ではあるがと感じた。
「ジェイムズ様もまた何かの縁で指輪を買う機会があればご贔屓に」
とお辞儀をする彼女は生意気だったが売り子として
の接客トークを交えた励ましのつもりなのだろう。
「機会があれば、だがね」
そう言って店を出た。
ただそれだけだったがセリーナが城で出て行って以来、適当にあしらっていた猫達にしばらくしたらもっと構ってやろうという気がした。
グレイの長い回想が終わった。
「気づきませんでした。辛い事を重い出させてすみません」
グレイの正体を知ったエメは彼に謝った。
「格好も今とは違う格好ですし、ジェイムズは苗字ですので無理はありません。それに、今までこうしてやっていけるのはあなたのおかげですよ」
と思ってもいない言葉をかけられた。
「買い被りすぎですよ。私は普通に接客しただけです」
と首をブンブンと振って否定したが彼はクスッと笑い
「はい。そうゆう事にしておきます」
といつもの顔から想像出来ない優しい笑顔で微笑んだ。
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