ラブソングが泣いている

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 僕の家では猫を飼っていた。  三年前、まだ小学生だった頃に母方の祖母がくれたのだ。正確には祖母の家の猫が赤ちゃんを産んで処分に困った祖母から押し付けられたのだ。  メス猫の雑種で色は赤茶色に黒が少し混ざる感じだった。顔は可愛かった。  猫だけど犬のように人懐こくて、それに特に僕に甘えてくる甘えん坊さんだった。可愛い腕を伸ばして肉球で僕の顔を縦にこする。エサが欲しい時の合図だ。  いつの間にか僕が猫の世話係にさせられていた。      そういえばまだ名前を言ってなかったね。  名前はウタ。漢字は「歌」。  僕は詩を書くのが趣味なのもあって漢字は「詩」と書いてウタに最初はしたんだけどすぐにやめた。変えたのには理由がある。  僕の家に初めて来たときのウタはとても怖がって箱から出ようとしなかったんだ。それで僕が笑顔でやさしくバラードを歌ってあげたら、箱からひょこっとおそるおそるスローモーションで顔を伸ばしてきて、僕を見つけると、短い手足とあごを使って箱から出てきて、僕に近寄ってきたんだ。そして腕の中へ飛び込んできて仰向けになり、ずっと気持ち良さそうに歌を聴いてくれたんだ。  本当に歌が好きな猫だったんだ。  僕が歌うと必ず近づいてきては抱っこをせがんだ。  そして、ぺろぺろと舌を出しては歌を聴いてくれた。  それで「歌」っていう漢字の名前に変えたんだ。  まぁ、動物病院でもどこに行っても名前はウタってカタカナで書いていたけどね。名前も見た目わかりやすいし「歌」と書くと名付けた理由を聞く人がいて、僕に歌えって言う人もたまにいたから書かなかった。  そうなんだ、僕は音痴で、それもひどい音痴で、大好きな歌を喜んで聴いてくれるのは家族を含めてもウタしかいなかった。  それからの生活は一変した。  ウタが家族の中心になった。  みんながウタを可愛がり、何をするにもウタを気にして行動するようになった。  起きたら「おはよう」、出掛けるときは「行ってきます」、帰れば「ただいま」、寝るときは「おやすみ」と家族全員がウタを探して挨拶しないと満足出来ずにイライラするようになった。  食事も常にいっしょ。  いちばん変わったのは僕かもしれない。  僕は潔癖症なところがあったけど、ウタのオシッコもウンチも平気だった。汚いと思わなかった。  ウタを抱いて歌を歌っている時間が僕の短い?全人生の中で最高の時間だった。これが幸せってやつなのかぁ~って小学生のくせに本気で思っていた。  本当に幸せな時間だった。  僕は中学生になり軟式野球部に入った。  部活は思った以上に大変で、家に帰ってもウタの相手をしてあげられなくなっていた。可哀想な気持ちもあったけど自分のことで精一杯だった。  それでも寝る時は寄り添って寝た。  たまにウタがおならをしても、その匂いも嫌いじゃなかった。 「くさいぞー」  そう言いながら幸せだった。  それから月日は過ぎてゆき、僕は上級生になっていた。  部活はさらに厳しくなり、僕もレギュラーとなり休日も家を留守にする時間が増えていった。  ある長い連休の後半、監督の計らいで部活が休みになった。家族を大切にするんだってのが監督の口癖で、まぁ自分が離婚されていて子供に会えないようだったので、個人的な反省と思いってのがあるんだろうと部員の仲間はみんな言っていた。  普段は怖いけど、みんなに同情されている監督だった。  そんな久しぶりの休みの昼。  僕は台所で昼ごはんにカップ焼そばを食べていた。  ウタは、僕が中学生になり部活で忙しくなってから家の外に出るようになっていた。  不良娘の誕生だった。  ただ、僕の住んでいる田舎はほとんどが猫は野放しで飼っている家が多く家に閉じ込めている家はあまりなかったのも事実だった。  だから近所の人からは猫が可哀想とも噂されていた。  最初は家族も心配したけど、すぐに家には帰ってきていたし何より僕がいないことが淋しいんだろうってみんな思っていたらしくて、ウタを自由にして見守っていたようだ。  それは知っていた。  知ってはいたけど、部活のハードな練習で本当に疲労困憊していて体が自分の体じゃないと思うくらいに疲れきっていた僕は、何も考えないようにしていたのかもしれない。  知らないふりをしてしまっていた。  そして昨日の夕食後。  僕は母からある事実を聞かされていた。  ウタが実はもう3日も家に帰ってきていないことを知った。  僕に話すと心配するから家族は全員が僕に秘密にしていたらしいが、ウタが妊娠していたことも聞かされた。  家の外で出産したのかもしれないと話していた。  だから帰らないんじゃないかと母たちは思っていたようだった。  ウタは他の家族ともたまに眠るから家にいないことに気づけなかった。何より、家族で僕だけがウタの妊娠にも気づいてなかった。それがショックだった。  僕だけがいつの間にか、ウタをちゃんと見ていなかったのだ。  それで昨夜はあまり眠れず、朝方に少しだけうとうとしたけど食欲は全くなくて何も食べていなかったから、昼になってカップ焼そばを無理やり口に押し込んで食べているところだった。  そこに祖父が、近所に住む地区の会長である叔父さんの家から帰ってきて急に変なことを言い出した。 「この辺に大きな野良犬がいるらしいから気を付けろって言ってたぞ!」  僕は少し嫌な予感がした。 「おじいちゃん、襲われた人とかがいるの?」  祖父はゴクリ唾を飲み込んでから、 「向こうの保育園の近くに公園があるじゃろ、その公園の砂場の奥に茂みがあって、そこで母猫と生まれたばかりに見える小さな仔猫が血まみれで死んでいたらしいんじゃ、その野良犬にやられたんじゃろうってみんなの噂になってるらしいぞ!」  生まれたての仔猫がいたことがどうしてもウタを連想してしまい心配になる僕は、 「その猫は野良猫?…首輪とかしてないよね?…してたら身元が分かるはずだし」  そう祖父に聞いた。  ウタには母が首輪をつけていたんだ。名前と電話番号が書かれた首輪をしていた。母なりに心配してのことで、ウタは初めは嫌がっていたが極端に嫌がることはなかった。だから僕も反対はしなかった。 「わしゃーよう知らんが野良猫じゃろう。首輪とかそういう話しは何も聞かんかったから。それに首輪があれば誰の猫かすぐにわかるから電話が掛かってきてるはずじゃろ?」    僕は少し安心したが、いろんな妄想は続いていて、頭は高速でカラカラ回って堂々巡りを繰り返した。  ウタじゃない。  でも可能性はある?  妊娠、出産、してたら?  いや、ウタじゃない。  本当に?  だって首輪が…、  嫌な予感がただの勘違いだと思っていても確かめないと安心できないような、この胸を切れ味の悪いナイフでギギギと切られるような、そんな感覚もしていた。  時間にしたら数分かもしれないけど僕は長い時間ボーとして妄想の世界で自問自答をしていた。  そうだ!  そもそも僕はなんでのんきに焼そばなんかを食べているんだ!  人違い?、猫?違いにしても、ウタを真剣に探して赤ちゃんを産んでいるなら、ちゃんと保護してあげないといけないと思った。  僕はそれから、食いかけの焼そばも放り出して一目散に駆け出していた。靴も走りながら履いていた。全力疾走で公園へと続く道を走っていた。  違うと思ったけど、どうしても違うことを確かめたかったのだ。安心したかったのだ。  探すのはそれからだ。  そう思って走った。  猫の死体は連休明けに市役所の人が処理すると祖父が母に言っていたのを横で聞いていた。だからまだあるはずだった。  パタリ。着いて止まった。  公園の入り口まで走ってきたが、そこで動けなくなってしまった。  砂場の近くに近づくことが急に怖くなり立ち止まってしまったんだ。  怖い。  ブルって武者震いした。  怖い。やっぱり怖い。  そこで何分立っていただろう。  爽やかな風にふと気づく。  ふぅ~~~っ。  見上げると空は晴れていた。  快晴だった。  茶色い鳥が飛んでいた。  白い飛行機雲を見つけた。  世間は旅行して、楽しんで、みんな笑っているのかなぁ…なんて想像もした。  虫の声もずっと煩かった。  遠くから楽しそうな声も聞こえてきた。キャーキャーはしゃいで遊ぶ子供の声だ。  それは……、  平凡な休日の午後だった。  何も変わらない。  いつも通りだった。  少し冷静になって覚悟を決めた。  僕は近づいた。  砂場を抜けて、奥の茂みに近づき見回して目を凝らして探した。  何かが見えた。  ダンボールのような箱に誰かがタオルを掛けていた。しかしすき間から猫の毛並みが見えていた。  それは……………見慣れた毛の色だった。  血で赤く染まり糊で固めたような毛の束もあったけど、赤茶色に黒が混ざった毛並みだった。 「う、た、……………」  ウタだった。  タオルをのけると、ウタのそばにはウタと同じ色と白い色の仔猫の死体も2匹あった。  僕の心臓が止まった。  呼吸の仕方も分からなくなりそうになる。  声も出なくなった。  なのに、突然、自分でもびっくりするぐらい大粒の涙がポロポロとこぼれだした。  そして、遅れて、僕は絶叫した。 「ウターーーーー!!!」  生まれて初めて大声を出して、ひきつるような呼吸で泣いていた。  ウタは仔猫を守るために野良犬と戦ったのだろうか。そして殺されたのだろうか。  野良猫と戦うウタを想像するとさらに涙は激しく流れ出した。  しかし、 「あれ、首輪がない」  大号泣していたのに、それに気づくと泣きながら頭が猛烈に回転し始めていった。  しかもよく見ると、犬の噛み傷じゃなく、何か細い鋭利なナイフで刺されたり切られた傷ばかりだった。  仔猫は二匹とも刺されて殺されていた。  刺し傷はかなり小さくて急所をひと突きされている。 「………これは、人間の事件だ!」  猛烈に考えた。必死に冷静に考えた。  警察に言ってもたぶんまともに相手にしてもらえないだろう。人間に危害の危険がないと警察は真剣に動いてくれないはずだ。  どうする?  どうしたい?  それでもウタとウタの赤ちゃんを殺した犯人を放ってはおけない。  メラメラと悲しみが怒りへと一気に変換されてゆく。  猛烈な怒りで体が震えるのが分かる。握り拳に力が入る。  絶対に許さない。  復讐してやりたい。  怒りに涙も枯れて、体に力と勇気が沸き上がる感覚があった。  僕が警察の代わりに探偵になって真実を暴いてみせる。  そう決意した。  僕はさっそく聞き込みを始めた。  公園の近くの家から。  一軒一軒、時間をかけて。  それは夕方まで続いた。  連休中で遊びに行ってる人もいたけど物価高のせいかけっこうみんな家にいて話を聞くことができたのは意外だったし幸運だった。  それに野良犬の話は怖くて噂がかなり早く伝わっていたようだったので誰もが興味を持っていたようだった。それで野良犬の情報を聞きたいがためにみんな協力的だった。  野良犬は1週間前から現れて子供に吠えたりはしていたけど襲ったりとかはなかったようだ。2日前ぐらいから隣の地区での目撃情報を聞いた人が何人もいたので移動したようだった。    一通り聞き終えて、僕が気になったのは三人だった。  一人目は魚川草介、50才男性。工場勤務。独身の一人暮らし。猫の話をし始めたらまだ殺された状態を詳しく説明する前に自分は何もしていないと言い出したことが気になった。アリバイもあると言い出し三日前から車で一人旅に出掛けていて昨日帰ったばかりだと言うんだ。やっぱり、いきなりアリバイを言われたことは特に印象に残った。  車を運転して片道5時間以上もかかる観光地に行っていたらしくお土産のお菓子も貰った。一応ホテルの領収書と高速のサービスエリアのお店の領収書も見せてはくれた。  一人暮らしの家の中は綺麗で神経質な潔癖症にも見えた。  二人目は花山桜子、33才女性で無職。両親と実家で三人で暮らしている。近所の評判がとても悪かった。かなり子供の頃から意地が悪くてみんなに嫌われていたみたいで本人からも話を聞きたかったけど機嫌が悪くて会うことも拒否された。でも近所で同級生だったという女の人から根掘り葉掘り詳しく教えてもらった。聞いた話では玉の輿に乗ったと思った男の人と結婚できたのに浮気されて、その男の仕事もうまくいかず離婚して去年の暮れに実家に出戻った…らしい。それで最近は特に荒れていてみんな避けているらしい。それに2日前の夜中に「猫の発情期なのか知らないけど煩くて眠れない」ってコンビニの中で大声で騒いでいたらしく、猫を殺したいって言っていたとの証言もありとても気になった。  その2日前の夜が一番あやしい犯行時間だから、最初に一番疑うべき容疑者であることは間違いない。  それから三人目だけど、胡桃沢愛彦。まだ11歳の小学生。この地区では一番の金持ちの長男で優等生。ただ、護身用にこっそりナイフを持っているって聞いて、それが本当みたいだった。それに学校ではいじめをしてる噂も聞いた。かなり闇は深そうで、学校で飼っている小鳥が死んだときも彼が殺したんじゃないかって噂があったらしい。前の日にその小鳥がカゴから抜け出して飛んでいたら糞をして、それが彼の顔に落ちたらしい。その場では何も言わなかったけど後で目茶苦茶怒っていたとの証言は多かった。  でも今日はホテルのレストランで家族ディナーらしい。その前にデパートで買い物もするらしく、もう出掛けていて留守だった。直接話は聞けなかった。  誰が犯人なんだろう?  じっくり考えたけど、花山桜子は違うという結論になった。  実はウタたちはナイフで刺されているけど、左斜めの浅い角度から刺された傷はなかったんだ。右か上からだから右利きだと思われる。花山桜子さんは左利きだった。  それにウタのまわりを観察すると靴の足跡はいっぱいあった。ウタを発見した人や地区の会長など現場を見に来た人の跡だと思う。土が少しぬかるんで柔らかく跡が残りやすかったようだけどヒールの跡はなかったんだ。彼女は真夜中のコンビニで騒いだ時も高いピンヒール靴を履いていたらしい。それは旦那さんだった人に初めて買って貰った靴でいまだに大切に履き続けているらしかった。まだ別れても好きなんだろうなと思った。とても悲しい人。  それに去年は流産もしていた。  赤ちゃんにだけは優しい笑顔で接すると言う話が多かったんだ。  きっと犯人じゃない。  じゃ、どちらが犯人なんだろう?  胡桃沢愛彦、かな?  でも、気になることがある。  実は彼の家は公園から離れた場所にある。通学路もここから離れていて、猫への強い恨みがないとわざわざ公園まで来て殺す動機が見つからないんだ。  それに疑った凶器のナイフだけど、実は昨日の夕方にそのナイフで林檎を切って友達とみんなで食べていたって聞いたんだ。猫を殺したりしたナイフで果物を食べるって僕にはできない。彼がシリアルキラーでおかしいのかもしれないけど腑に落ちない。  胡桃沢愛彦くんの友達の女の子が言っていたんだ。親に反対されて飼えないけど仔犬を飼うのが夢なんだといつも言っているって。  ものすごく悪く見せて虚勢を張っているけど、本当は動物が好きだと聞いた。  彼が殺すとは思えない。  じゃあ、あいつか。  でも、アリバイは?  まぁそんなのは簡単か。  犯行時間は2日前だけど。帰ったのが昨日だからって途中で帰れないわけじゃない。どうせ5時間で帰れるんだから。  猫を殺して簡単に逮捕されるとは思ってないだろうけど、世間にバレていいことじゃない。だからアリバイを作ったんだと思う。  花山桜子さんと魚川草介の家は公園の近くだ。花山桜子さんが猫の声で苛立っていたなら魚川草介も猫の鳴き声は聞こえていたはずだ。  苛立っていても不思議じゃない。  実は公園の裏には保育園もある。そこの子供の声がうるさいと市役所に何度も苦情を言っていたのが魚川草介だと市役所に勤めている人から証言も聞けた。  それに彼は猫アレルギーで猫が嫌いだったこともわかった。  母親に虐待された過去があり、亡くなってはいるけれど母親をかなり恨んでいたらしい。妊婦や母親や幼児まで文句を言って攻撃するのは、そういう過去のせいなのかもしれない。  たぶん魚川草介が犯人だ。  まだ凶器もわからないし、決定的な証拠はないけれど、車のナビの履歴を調べたら2日前に戻っている証拠はつかめるかもしれない。でもまだ決定的な証拠ではない。  僕は現場の証拠写真をいろいろ撮影した。あとで利用するために。  とにかく今は、警戒されないように何もわからない振りをしておこうと思った。  ウタの首輪が彼の家から出るごみ袋に入っていればかなり追及できるんだけど、もう処分したかな。  動物愛護法違反が適用されれば、5年以下の懲役、または罰金500万円以下の罰も与えることができる。  んー、でも大変かな。  やっぱり人を裁いて罰を与えるって難しいんだよね。  くそったれ!  戦いはこれからだ!  気づくと、辺りはすっかり暗くなり、公園の照明でやっと全体が見える時間になっていた。  僕は家から持ってきた新しい段ボールに毛布を敷いて、ウタと赤ちゃんを抱えあげてそっと入れた。  そして公園で花を摘んで箱の中を華やかに飾った。  今は火葬から葬式までしてくれる業者もあるらしいが、両親と相談して家で静かに見送ることにした。寂しがりだったから僕の家の庭に埋葬することも決めた。  もう夜になっていたから、埋葬は明日することにした。  翌日の午前11時。  僕は公園にいた。    ウタたちの葬儀と埋葬は家でするけど、死んだ場所に花束を供えたかったからだ。  すると、公園の鉄柵と垣根の向こうから歌が聴こえる。  幼稚園は休みだったけど保育園の方は園児は少数だがやっているようだった。  そして、園児たちと年配の先生のような声が歌っていたのは、僕がウタと出会った時に歌っていた歌だった。  あとでわかったんだけど、園長先生がその歌の歌手の大ファンで、よく園児と一緒に歌っていたらしい。  ウタは、その歌を聴くために公園に来るようになったんだと思った。  僕はそれから家に帰って、父と一緒に庭に穴を掘った。    ウタと2匹の赤ちゃんも埋めた。  ふと、あたりを見回したら庭に一匹の白い野良猫がいた。もしかしたら赤ちゃんの父親だろうか?と思った。  猫はわかるんだろうか、死というものを。  線香を置いて、みんなが一人ずつ拝んでゆく。全員が挨拶を済ませて葬儀は終わった。  でも誰もその場から離れようとしなかった。  僕は膝まずき、もう一度、両手を合わせた。  僕は自然に歌を歌っていた。  音痴な歌を。  でも、この時は恥ずかしさを忘れていたんだ。  それはウタと出会った日に歌っていたラブソングだ。  サザンオールスターズの名曲「いとしのエリー」だ。  勿論、エリーの名前はウタに変更して。  僕が歌い出すと、あの白い猫が埋葬した場所の近くに行って眠るように顔を土にこすり付けた。  僕は、途中で何度も歌えなくなるほどボロボロ涙を流して歌った。  何回か繰り返して歌った。  嗚咽して、発狂するように、叫ぶように、そして…ゆっくり、歌い続けた。  これで、さよなら、なんだね。  ウタ。  あの日から僕はまた忙しい中学生の生活に戻った。部活もさらに厳しいものになっていた。  何もなかったかのように毎日は過ぎていった。  誰もウタの話をしなくなった。  それでもずっと耳鳴りが止まらない。  止まらないんだ。  止まらないんだ。  ラブソングが泣いている。  僕の愛が、終わっていない。  性別も動物も関係ない。   「世界でいちばん愛してる!」 「あいしてる………ウタ。」  今日の空はウタが死んだ日と同じ青空だった。  それを見るたびこれからも、 「いとしのエリー」は  僕の耳に流れるだろう。  ………永遠に。  
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!