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アイスショー
翌朝、部屋の郵便受けには「アイスショー」のチケットが2枚、例の名刺とともに封筒にはいってた。
それは会社の同僚の子が行きたいけどとてもじゃないけど無理なチケットと騒いでた「結城カケル・オン・アイス」のS席チケットだった。もちろん2枚。
同封されてたメモには「ほんのお礼です。楽しんでください。」という生真面目な文字が並んでいた。
だめもとで同僚の子に声をかけてみた。前から気にはなっていたんだけど俺なんかじゃ無理目と思ってたし、振られたら次の日から会社に行けなくなるじゃないか。わかるだろ?
でもこのチケットが俺に声をかける勇気をくれた。これでダメならなにしたって無理なんだし。いっそ清々しい・・・いや、そんなことはないだろうけど。とにかく俺のことは嫌いでもチケットは好きだろう。破れかぶれな思考で、当たって砕けてみた。
まあ細かいことは省いて、アイスショーに一緒に行くことになったんだよ。奇跡だよ、ありがとう、こうりやまさんっっ。アンタは天使だ、ペンギンだろうとなんだろうとかまわない。
同僚の子から、どうやって手に入れたんだって散々聞かれたけどそれはもぉ、本当半分であとはごにょごにょ・・・。
本当っていうのはアイスショーの氷の仕事をしている人と、たまたま知り合ってちょっと親切にしたことでお礼にいただいた、というところかな。
「ええー、そんなことがあるのっっ。もってるねぇキミっっ。」
そんなことを言われたら、あとはもぉその人が人じゃなくてペンギンとか言わなくたっていいじゃないか。うん、別にウソじゃないよ。聞かれなかったから言わなかったんだ。うん。
同僚の子が隣のシートで「銀板の結城王子」とか「氷の妖精カケル」とか、目をハートにして騒いでいても、それはそれ。会社では見られない同僚の上気した横顔を眺めているだけで俺は満足だ。大したとりえのない平均点の俺がデートしたということだけで、人生の一番いい日だ。このショーが終わったら、この夢のような記念すべきデートは終了。サヨナラ、バイバイなんだよな。そんなこともチラッと思ってた。まあいいじゃないか、それでも。こうりやまさんには感謝しかない。大したこともしてないのに、いい席のチケットを気前よくくれて。帰ったらお礼言わなきゃなあ。
ショーはフィナーレを迎えて花火が打ち上ったり、スタンディングオベーションで会場が割れんばかりの歓声に包まれたりと、俺の日常には全くアリエナイ華やかなフィニッシュ。
一旦、照明が暗くなった後での結城カケルがスポットライトを浴びての挨拶も、まるで夢の中にでもいるようだった。S席に向かっての投げキッスで、同僚の子は気を失いかけたのかフラッと俺の方に寄りかかってきた。
もちろん倒れちゃいけないので、なんとか支えてやったけど結城カケルがこちらを向いてニヤッと笑って「うまくやれよ」って言ったような気がしたのは、気のせいだ。
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