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「あの、お嬢様。差し出がましいようですが、どうしてこのようなことを……見ている限り、わざと指を突っ込んで、吐き出されたような……」
ああ、これはメイド長が心配して理由を尋ねてきてもしょうがない。差し出がましくなんかない。俺が悪いんだし。
どうしたもんか。本当のことを言おうかどうか迷うが……。
「結婚のこと考えてたら気持ち悪くなって……吐き出したくなって……」
涙を流しながらも鼻と口を拭いてくれているゴリンダを見ていたら、正直になろうって思った。
「……結婚、したくない」
「おおおお嬢様ああぁぁ本当にどうされてしまったのでしょおおうう?!」
ゴリンダ、別の意味で心配させてしまったようだ。
メイド長も困り顔だ。
「お嬢様、殿下をお嫌いになられてしまったのでしょうか? 殿下からのプレゼントに一喜一憂され、あんなにも嫁ぐ日を楽しみにされておいででしたのに……」
んんん? なんですと? 結婚を楽しみに……?
政略結婚だぞ。楽しみとかあるのか?
てっきりキリアネットは嫌々ながらも使命を胸に嫁ぐものだと――――。
――――うん、過去の記憶を探っても楽しみの感情がない。公爵家のために。祖国のために。そう言った義務感ばかりだぞ。
これは俺、使用人に嘘を吐かれているのか……?
いや、でも、ゴリンダはそんな風に嘘を吐く人、間違えた、ゴリラには見えない。まだ少しの間しか触れ合えてないけど、ゴリンダは良い人もとい良いゴリラだと思う。
「ゴリンダ、質問に答えてくれる?」
「はい、何なりとぉ!」
即答だなゴリンダ。テンパっているけど、そこがいい。やはり彼女は信頼できる類人猿だ。
「俺、いえ……こほん、私、殿下からのプレゼントに、はしゃいでるように見えた? 若しくは、私、殿下のこと、その、えっと……す、すす、好き、とか、言って、た?」
ぎゃああ自分で好きと言って自分でダメージ受けた! 好きとか言わすんじゃねえよ恥ずかしい!
あと、男、男だぞ相手。キリアネットの気持ちを知りたかったとはいえ、この質問は精神男の俺には大ダメージだぜ……!
ぐふう(吐血)
「はい。お嬢様は殿下からのプレゼントが届けば、いつも嬉しそうなお顔をされておいででした。ただ、私どもが見ていると視線を気にされてか、お部屋へ引っ込んでしまわれますが、プレゼントは大事にコレクション棚へと飾られ、時折に眺めてはまた嬉しそうにしておられました。だから、お嬢様は殿下のことを好いておいでだと、私は思っております。直接に好きというお言葉は聞いておりませんが、誰の目から見てもお嬢様は殿下のことをお慕い申し上げていると存じます」
おおう、ゴリンダよ。一気に話をしてくれたな。それだけ、キリアネットの恋する様子が微笑ましかったのだろう。
女子はこういう恋愛話が好きだものな。メスゴリラもなのか。
俺はひとつ頷いてから、「ありがとう。ご苦労様。下がって良いわ」と使用人に指示を出す。
こういうご主人様然とした振る舞いは、何も考えずとも息を吸うようにできる。淑女教育の賜物だな。体が覚えている記憶ってやつだぜ。
現代日本で生きた記憶のある俺からしたら偉そうな言葉だと思うけれど、「お嬢様、また我々に感謝と労いのお言葉を……!」と、ゴリンダにしたら痛く感激するものであったようで、眦に涙を浮かべながら喜んで退出してゆく。
気分は複雑なんだぜ。
感謝の言葉もまともに伝えれなかったキリアネットのこれまでの人生って、どんなものだったのだろうか。
確かに前世の記憶は甦ったが、反転、キリアネットの記憶は押し込められたように感じる。
意識して、あれはどうだったか、これはどうだったかと思いを巡らせば、そのことは思い出せるのだが。
今年で16歳になる公爵令嬢キリアネット。
10年前、6歳の時に隣国の王子ヒュミエールと婚約した。
うん、ここまでは良い。
父の記憶、王子との婚約時、一緒に居たような……。
母の記憶、産まれてこの方、会ったことなし。
兄の記憶、そういやそんな人、いたっけかな?
あるぇ? 家族の縁、薄すぎないかキリアネットちゃん?
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