公爵令嬢、愛を知るぜ

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(今日もまた大叔母様に怒られたわ。一生懸命やっているつもりだけど、大叔母様からしたら私は未熟者なのよね。どこがいけなかったのかしら。聞いても、口答えするんじゃありませんって怒られるし。私は駄目な子なのよ。だから、お母様もお兄様も会って下さらないのね。お父様なんて我が家に平然と愛人を連れ込むし、この間なんて愛人と観劇に行く時の待ち合わせにしたのよこの邸宅を……お母様に対する酷い裏切りだわ……)  キリアネットの哀しみの心が俺に伝わる。  それと父親、お前は有罪(ギルティ)だぜ。  今度は怒りの表情の王子型人形。後頭部の部分に描かれている魔法陣へと触れる。 (くっそあのババアアアア!! 私ばかりじゃなくゴリンダまで叱り飛ばさなくてもいいじゃない! ゴリンダはちょっと毛深くて不器用なところがコンプレックスなのよ。ティーカップ置く時にお茶をこぼしただなんて、ほんの数滴じゃない。それをネチネチと責め立てるなんて酷いわ。失敗したことと毛深いことは関係ないわよ。乙女の事情を上げ連ねるなんて本当に卑怯。私の大好きなゴリンダを虐めるなんて、厚化粧ババアのくせに生意気よ! キイイイイ!)  おお、すごいご立腹だキリアネット。やはり彼女は無口・無感動・無表情なんかじゃない。心の中は猛吹雪で雪中行軍だ。  キリアネットの怒りの激しさにちょっと慄きながら、笑顔でハートマークを胸に掲げる王子ぬいを抱き締める。自然、ハート部分にある魔法陣が豊かな胸に押された。 (とても愛らしい人形だわ。こういうのなんて言うのだったかしら。そうそう、ヒュミエール様のお手紙にデフォルメ人形ってあったわ。愛らしいわ。抱き心地もいいわ。素敵ね。ヒュミエール様を抱き締めているみたい。きゃっ、私ったら、はしたないわ。でも、私の胸がちょうどヒュミエール様のお口に当たって……)  おおおおおお、ちょ、ちょっと、待っ、キリアネット本当にそれは、はしたのうございます……!  ま、まさか、人形を使って授乳プレイとは高度な……はぁ、はぁ……落ち着け、俺…………。  あーいや、しかし、こうやってキリアネットは、普段は表に出さない恋心や感情を閉じ込めたのだな。  淑女たれと大叔母に強制され、感情の発露も叶わぬ中、唯一、王子からの贈り物だけには心を預けれたのだろう。 (ヒュミエール様、背が伸びたのね。格好良いわ。ブロマイドではとても凛々しいお顔つきなのに、プライベートのお写真では優しい笑顔をくださるのね。お声はどうなったのかしら。心配。早くお会いしたいわ)  写真や、ちょっとした小物にまでキリアネットの喜びの声は溢れている。  王子が成長して変声期を迎え、喉が枯れたと愚痴を零したような日常エピソードを綴る手紙。何度も読み込んだらしく、紙の縁が若干擦り切れている手紙だ。  手紙は引き出しに沢山入っていた。暦毎にまとめられ、婚約してから毎年50通以上はやり取りしている。 「プレゼント発送したよ」とか「待っててね」とか、電報のような一行だけの紙片までも合わせれば、百通にものぼるんじゃないかな。  隣国とは往復で一ヶ月はかかると聞いたが、嘘だろう。これだけ頻繁に文通しているなら、何か他の手段が……。  ああ、記憶が読めた。  手紙を書いたらゴリンダに渡すのだ。するとゴリンダが王子直通の魔法陣に手紙を乗せ、送る。早ければ数時間で、遅くともその日の内に手紙なり紙片なりの返信が届くようだ。  この世界にLINEがあったら、こいつらしょっちゅう喋ってるんじゃねってくらい頻繁な遣り取りだな。  色ボケてないで公務ちゃんとしろよ、王子。  あーもう、こいつらのラブラブいちゃいちゃに中てられて俺まで変な気分だわ。熱い熱い。  結局これ、結婚不可避ってことじゃねえか。  キリアネットの気持ちを知った今、そりゃあ、おまいら、はよ結婚して幸せになれよっていう親戚のお兄ちゃんくらいの生温い気持ちは芽生えたけれどな。  でも、俺だからね。キリアネットは俺。前世は男の俺だから、無理。絶対。結婚、無理。  こうなったらもうさ、ゲロるしかないわけよ。やっぱりね。どんなに愛し合っていても、ゲロは愛する二人を引き裂く魔物と化すんだぜ。俺、信じてるゲロパワーを。  それにさ、愛してるなら、ゲロるくらい体調悪い女を気遣ってシないと思うし。  そこに運命、賭けてみるっきゃない。  よし、ゲロ吐きの特訓だ。オウエェエェ。 「気分悪いのですかおじょおおおさまああああああ」  即行でゴリンダ来たぜ。
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