公爵令嬢、気づいたぜ

1/1
前へ
/47ページ
次へ

公爵令嬢、気づいたぜ

 気づいた。気づいちゃったぜ。  俺ってばTS転生してるぜ。  今世、俺の名前はキリアネット・オターベル・フィスティンバーグ。なんと、公爵令嬢。  公爵令嬢と名乗るからには女だ。当たり前だ。当たり前のように胸が出て尻も出ている。胸を押し上げる双丘、ふっくら桃尻、ご立派です。  そして当然ながら下に棒と双球はない。前世では慣れ親しんだ男性のシンボルがない。  女だ……これは完璧に、女、だ…………。  しかもこれTS転生というやつだ。俺の前世の俄か知識が訴えている。  前世――――。  きっかけは友人だったか。異世界転生モノが流行っているとおススメのライトノベルを教えてくれたのは。  電車やバスの待ち時間中にスマホで電子書籍を読むのが日課だった。元々、本を読むのは好きな方で、興味を持てば、どのジャンルの本も読んでいた。  実家の近くに古書街があったのも本好きになった理由かもな。  大学進学で古都へと移住したが、学科の関係上フィールドワークが多い毎日だったから、移動中の空き時間を読書タイムに充てていたわけだ。  うーん、そんな俺は大学を卒業した覚えがない。  あ、いや、院への進学は希望していたっけ。研究結果が膨大過ぎてまとめきれず、このまま留年するよりは続きを院でやろうと考えてはいた。  ――――それからどうした?  どうしたもこうしたも、転生したぜ。TS転生。前世は男の記憶を持ったまま女に生まれ変わってしまう特殊な転生をな! 「なんてこったですのおおおおおおおおお」  怒涛の前世を思い出し、今の立場にも気づいた俺こと公爵令嬢キリアネットちゃん。叫ぶ。  それはもう、「なんてこった」の台詞に感情の全てを集約した令嬢風の叫びだ。  うごあああああああマジでヤベエ御令嬢とかヤベエ女の子になっちゃったよ洒落になんねええええしかもこの娘、可愛い。目の前の鏡に映る女の子すっげえ美少女。  小さな顔に大きくぱっちりした瞳はアイスブルー。氷の解け始めみたいに潤んでいる。今にも泣きそうな面だな。そりゃそうか、TS転生したと自覚して本気で泣きたいもん俺。  髪色は青みがかった銀色。煌めきがすごいんだが。さすが公爵家の御令嬢。ヘアケア万全だ。  肌もきめ細かくてマシュマロ肌。己の頬を摘まんで引っ張ってみる。痛い。自分の頬だ。知ってた。でも夢なら覚めて欲しかったんだぜ。  夢ならさあ……。  力なく、大きな姿身の前で、へたり込む俺。  と、そこへ、 「お嬢様ああああアアアアアア」  バッリィィィィン!!!!  ゴリラが扉を割って部屋へと飛び込んで来た。扉は割れた衝撃で大穴を空けている。 「ゴリンダさん、またですか。ドアは静かにお開けなさい」 「すいまっせんしたメイド長ぉ! お嬢様の悲痛な叫び声が聞こえましたものでえっ!」  ゴリラ、直立不動の敬礼体勢で現状を述べる。  後ろから追いついて来た女性、ゴリラが言うにはメイド長とやらが苦言を呈すが、ゴリラに反省の色はない。 「失礼しました。お嬢様、ゴリンダが申しますに、お叫びになられたとのことで、どこかお加減が悪いのでしょうか?」  メイド長、楚々とした仕草で俺に伺いを立てるが、俺は背後のゴリラが気になってしまい、何とも言えない。 「嗚呼、お嬢様、そのようなところにお座りになられたら体が冷えてしまいます。もう直ぐお輿入れの身、御身大事にして下さいませ」  え? メイド長、今、聞き捨てならないことを言ったぞ。  もう直ぐ、輿入れ、だあ?? 「失礼します。お嬢様」 「――――――!!」  ゴリラに抱き上げられた。これは、あれだ。姫抱っこだ。お姫様抱っこというやつだ。  少し動揺してしまったが、ゴリラの腕の中は安定感があり、服越しに感じるふさふさの毛の温もりも相俟って、悪くない。悪くないぜ、この姫抱っこ。  ゆっくりとクッションのある座面に降ろされ、尻にも腰にも衝撃はない。なんて優しいゴリラだろう。気遣いが出来るなんて。前世の動物園で見たリンゴを飼育員さんに投げまくるゴリラとは大違いだ。  思わずゴリラを見詰める。にこっと、おそらく微笑んだゴリラは素敵な類人猿(♀)だと思った。  うん、メスゴリラだ。悪口じゃないぜ。女の子ゴリラって意味だぜ。  よく見たら睫毛がふさふさでパープルなアイシャドウも引いているし。それとまあ、メイド服らしき物も着ていて、胸も豊満だからな。おそらく妙齢のメスゴリラだ。 「ありがとう……えと、ゴリンダ」  確か、そんな名前。 「お、お嬢様が、御礼を言った?! それに、私の名前を……!!!!」  え、御礼言ったら不味かった? あ、俺は公爵令嬢だから、立場上、目下の者には御礼も謝罪もしないのだっけ。  これまで、公爵令嬢キリアネットとして生きて来た中での淑女教育を思い出した俺。  それにしたって、名前ぐらい呼ぶだろうよ…………。  呼んでないぜ。  キリアネットのこれまでの記憶を頑張って探ってみたけれど、使用人を名前で呼ぶどころか、顎で使っていたぜ。それはもう文字通り。顎をしゃくったら世話を焼いてもらえるのが当たり前の人生。  さすが公爵令嬢。淑女教育が徹底しているぜ。鉄面皮令嬢と陰口を叩かれるくらい、無表情で無感動、おまけに無口で人を寄せ付けないコミュケーション不足娘。  それが俺? 待って俺。こんなコミュ障で陰キャだと、今後の人生でも大損だぜ。  せっかく可愛いのに……。  と、これでは第三者視点の物言いだな。既に俺はキリアネットなのだ。これからは俺らしく振る舞えば、きっと使用人たちとも打ち解けられるようになる、はず。 「まさかお嬢様が御礼を言って、名前を呼んで下さる日が来るなんて……!」 「ええ、ええ、ゴリンダ、良かったですねえ。名残惜しいのは、お嬢様が嫁ぐまで、あとわずかということ。お嬢様、嫁ぎ先で可愛がっていただくためにも、この調子で愛想よくすることを心掛けましょう」  そうだった。俺、嫁ぐんだった。うええ、普通に嫌なんだぜえ。だって、嫁ぐって男にだろ。俺も男なんだ。男が男に嫁ぐなんて無理だってば。  俺の性癖はノーマル。前世では草食男子で女子とは無縁だったけど、オ〇ニーのオカズは女性の裸だったんだぞ。男の裸体じゃ興奮しないっての。  今は女の体ではあるけれど、男に抱かれるとか精神的にキツ過ぎるだろうが。  それでも、結婚しないといけない。  俺は公爵令嬢、相手は隣国の王子様。  絵に描いたような政略結婚なんだぜ、これが。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加