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「美味しかったです。……ただ一品だけ気になりました」
「立栞ちゃんなら気づくだろうと思ったよ」
私以外の人は誰も気づかなかったようで、永祥さんも父も自分たちのからになった皿を眺める。
料理長はわざとあれを入れたのだとわかった。
「芋ようかんですよね。いつもと違う気がしました」
味のほうは申し分がなく、美味しくいただいた。
正解だったらしく、深くうなずいた。
「あれはね。昔、私が挫折して荒れていた時期に、山路の旦那が食べさせてくれたものなんだよ」
「おじいちゃんが……?」
蓮華楼の料理長が挫折する姿を想像できなかった。
「情けないことに、あの時は泣いていたから、どんな味の芋ようかんだったか忘れてしまった」
美味しいのは当たり前で、その上を目指すのが料理長である。
人の心を動かし、感動させたい――そんな欲が料理長にはある。
「まだまだ山路の旦那には勝てないなぁ」
おじさんは少しも残念そうな顔をしていなかった。
清々しい顔をして、私に言った。
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