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たくさんの卵を割り、卵をかき混ぜ、冷めた出汁と調味料を混ぜる。
使い捨て容器を並べ、毛筆書きの『山路』の文字が入った和紙が置かれていた。
「こんな時間に注文があるの?」
「しかたない。昼間に人の姿になると力を消耗するから、夜に店を開けるしかない」
「あ、あのねぇ、本気で人じゃないとか言う?」
彼はきょとんとした顔で、私を見た。
「うん」
迷いなく、うなずいた。
犬の姿は見たけれど、犬が人になるなんて、にわかに信じがたいし、簡単に受け入れられない。
すんなり受け入れられる人がいるなら、見てみたい――
「狛犬さーん! だし巻き卵をひとつください」
――いた。
「どうぞ。できてるよ」
ずらりと並んだ金色のだし巻き卵は、大通りの銀杏並木を思い出させた。
祖父が得意にしていた卵焼きは大きく、どっしりしていて食べごたえがある。
これを食べたくてお弁当を注文する人もいた。
自称狛犬は、プラスチックの透明容器に山路と書かれた和紙を張りつけ、袋に入れる。
「えへへ。まだあったかーい」
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