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祖父が作るだし巻き卵は砂糖が多めで甘く、どっしりしていて、食べごたえがある甘い卵焼き。
それに反して、吉浪の卵焼きは出汁を多く含んだ薄味のだし巻き卵で上品な味がする。
吉浪のだし巻き卵の味を覚え、仕事が終わった後、毎日練習して完璧に作れるようになった。
賄いに出して褒められたけれど、それで終わり。
お客様に一度も出されることはなかった。
小さい頃から食べ慣れた山路の卵焼きのほうが、私にとってはなじみ深いもの。
その味をよく知っている。
シンプルな料理だからこそ、誤魔化しは一切きかない。
自称狛犬が作っただし巻き卵を口に運ぶ。
だしが口の中に広がり、優しい甘さが私のとがった心を丸くする。
――なにこれ、おじいちゃんのだし巻き卵と同じ味なのに違う。久しぶりだからか、すごく美味しい。
祖父とそっくりの味のだし巻き卵。だし巻き卵だけじゃなく、味噌汁も祖父と同じ味がする。
慣れ親しんだ味が、私の胃袋にじんわり広がり、ホッとさせた。
「食べ終わったら、部屋で休むといいよ。俺はいつものように夜明けまで店をやるから、気にしないで」
「夜明けまでって、お客様が来るの?」
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