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すぐに答えられない私を急かすことなく、狛犬はジッと待っていた。
それこそ、主が忠犬に『よし』と言うのを待つように、辛抱強く――なにを考えているわからない顔で、黒い瞳が私を見つめている。
感情を表に出さないタイプなのか、ほとんど無表情だった。
もし、彼が本当に狛犬で、人間の形をしているというのなら、顔に表情を作るということを忘れてるのかもしれない。
でも、適当な答えを言って誤魔化して、彼から逃げられないと思った。
「深く考えたことなかったけど、おじいちゃんみたいな美味しいものを作れる料理人になりたいって思ってた……」
気づけば、私の夢は過去形になっていた。
――過去形にもなるわ。だって、私はもう料理を作れない。
苦い気持ちで、作り笑いを浮かべた。
彼は変わっているけど、祖父の味を継ぎ、店をやっている。
それに比べ、私は無職。
「そうか」
これ以上、事情を追及されるのが嫌で、からになった茶碗を前にし、慌てて両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
それ以上、私が話したくないことを察したのか、なにも聞かれなかった。
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