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大勢の人の気配に息苦しさを感じ、私は身を隠した。
今の私には人と関わり、笑顔を作る気力はない。
――さっきまで平気だったのに苦しい。
料亭『吉浪』に辞めると決めた頃から、体も心もすぐに限界を迎え、しんどくなってしまう。
酷い日は外に出るのも億劫だった。
「おやすみ、立栞」
狛犬の優しい声が聞こえてくる。
いいから『もう休め』と言われたような気がした。
「うん……。おやすみなさい。悪いけれど、今日はもう限界みたい」
祖父の甚平を着ているからか、仕事をする彼の背中が懐かしく感じた。
厨房を出ると、玄関にお客様が何人かいて厨房から出てきたパック詰めのおかずを受けとっているのが見えた。
木の長椅子に座り、そこで食べているOLさんもいる。
ポットのお茶はセルフで、玄関の小さな机に置いてあるのも祖父がやっていた頃と同じ。
玄関の土間は広く、椅子だけでなく、テーブルも置けそうだ。
――くつろげるスペースを作ってもいいかもしれない。土間に大きめのテーブルと椅子を用意して、厨房の小窓を広げてカウンターにすれば、もっと受け渡しがしやすくなるかも。
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